STAGE3

STAGE3-1

 その日の授業が終わり、放課後。

 部活に向かう人、教室で友達と駄弁ってる人、そのまままっすぐ帰宅する人。

 銘々に学生達が行動する中で、栄太はいつものようにeS部の部室へ向かう。


 部室には栄太が一番乗りで到着したらしく、誰もいなかったが、さして時間を開けず美海も部室に顔をだした。


「さぁて、ちゃんと言いつけ守って練習してきたんでしょうね」

「まぁ一応は、な」

 微妙に歯切れの悪い返答に美海が目を怒らせる。


「何よ、はっきりしないわね」

「いや、イマイチ手応えがだな」


 格ゲーの本格的な特訓を始めて、栄太がぶち当たった壁はゲームそのものではなく、一緒に渡されたアーケードコントローラー、これが難敵だった。


 アケコンはおろか、そもそもゲームセンターでゲームをしたことがほぼ無い栄太にとってそれは未知の存在で、一般的なコントローラーとはボタンの配置から操作感に至るまで何から何まで違う。


 アケコンはキャラを動かす際に使う、スティックと、パンチやキックを打つときに使う八つのボタンで構成されている。

 スティックの方はまだそれほど問題なく扱えたが、問題なのはボタンの方だ。


 アケコンのボタンは、上四つ下四つの二列に配列されている。それぞれに弱パンチや中パンチ、中キックや強キックなどと言った割り振りがされている。


 この割り振りを覚えるのが一苦労だったし、普通のコントローラーと比べてボタン配置の関係上、効率よくボタンを押そうと思うと薬指や中指と言った、普段ゲームではあまり使わない指を総動員する必要があり手がつりそうになる。


 それでも最初と比べればだいぶマシにはなり、普通にプレイすることは出来るようになったが美海や零と比べてしまうとまだまだぎこちなく、コマンドのミスも多い。


 そのことをこの前、美海に相談してみたところ、アケコンの使用をあきらめて通常のコントローラーを使用することを勧められた。


「アケコンの方が格ゲーをするのに向いてるのは確かだけど、素人のあんたが絶対それを使わなきゃいけない決まりもないし、付け焼刃になるくらいだったら使い慣れた方を使ったほうが勝率もあがるんじゃない?」


 それはもっともな提案で、栄太自身その方法を考えたこともあった。

 しかしそれでも栄太は首を横に振りその提案を断った。


 美海との対戦の時、自分はゲームと本気で向き合うと誓って見せた。

 それなのにここで楽な方を選んでしまっては、それに反してしまうような気がして嫌だった。


 そんな栄太に対して美海は。

「なに、つまんない意地張ってるのよ、ウマシカ男」

 とにべもなかったが、そういう事ならとにかく触って手になじませるしかないと、イメージトレーニング用に故障して使えなくなったアケコンを貸してくれた。


 そうして三日間、栄太はゲームを文字通り寝る間を惜しんでプレイした。

 朝には美海との朝練ランニングもあるので、夜十二時を回ったところで床につくようにしているが逆にそれ以外の時間はなるべくゲームをプレイし、それができないときは、兎に角コントローラーをいじっていた。


 そのおかげもあって少しづつではあるが自身の成長を実感できるようなってきた。

 しかし成長と言ってもハイハイしかできなかった赤ん坊がようやく二本の足で自由に歩けるようになったくらいのもので、まだまだ道のりは長い。


「思うように動かせないのが、もどかしいと言うか悔しいと言うか。少し触ってみて分かったんだが、俺と零さんとじゃ明らかにキャラの動きが違うんだよなぁ」


「最初はそんなもんよ。ちょっとやり込んだところで、部長に一ミリだって追いつける分けないじゃない。厚かましい」

「そりゃそうだけどよ」


 容赦の無い美海の言葉。それは紛れもない正論で意義を挟み込む余地もないが、だからこそ、悔しいところもありすねたような返事になる。


「とにかくまずは反復あるのみ。前も言ったけど、結局何度もやって操作に慣れるしかないわよ。そうね、最低限目を瞑ってでも必殺技を出せるくらいにならないと、お話になんないわね」

「目を瞑って……か」


 目を見開いてワザを出す事に集中して、それでも五回に一回狙ったワザが出るか、出ないか、それが今の栄太の実力だ。

 そこから美海の言うレベルに達するまで、一体どれほどの時間が必用なのか……。


「どう? 自分がどれだけ無謀なことしてるか、少しは分かって――」

「しゃあ! やるか!」

 美海の言葉を跳ね返すように。栄太は気合いの声を上げ、アケコンを握り直した。


 目標は遙か遠く。期限までにそこにたどり着けるかも分からない。

 だから考える時間すら惜しい。少しでも速く少しでも多く、あの人に追いつかなければならないのだから。

 立ち止まってる場合じゃない。


「……十先、付き合ってあげるから座んなさいよ」

「じゅっさき?」

「十試合先取。あんたかあたし、どっちかが十勝するまで試合すんの。いつまでも、NPC相手じゃ強くなれないでしょ。だから、し·か·た·な·く付き合ってあげる。感謝してよね」


 確かにNPCや顔の見えないオンライン対戦ではなく、横で指導を受けながら対戦が出来ればと思うこともあったが。

 

「でもいいのかよ、お前自分の練習もあるんだろう」

「そうよ。だからせいぜい感謝でむせび泣きながらプレイしなさい」

 

 美海はどこまでも素直じゃない。でもこれ以上の遠慮は無粋だろう。

「じゃあ頼むわ。あんがとな」


 栄太が素直にお礼を言うと、美海はいつもみたいにふんっ! と鼻を鳴らした。

 そうして、英太は美海の隣に座り。二人は同じ一つの画面を見ながら、十戦先取形式の練習を開始するのだった。

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