STAGE3-2
「なぜだ。なぜ勝てない」
「格の違いよ、格の違い。思い知ったかしら」
完全下校の六時が近づき。日も落ちて、生徒の数もまばらになり始めたそんな時間。eS部の部室で悔しげに顔を歪める栄太に、気分良さそうにどや顔をキメる美海。
十先戦、最終戦績は十対ゼロ。当然美海が十で栄太がゼロの完全敗北だった。
「ふっふっふ、いやぁ弱者をいたぶるのは気分がいいわ」
「なんでぇ大人げねぇ。お里が知れるぞってあぶね!」
負け惜しみにそんなことを言ってみたら、すねをめがけて鋭いローキックが飛んできた。
「コラ、避けんな」
「避けるわ! いきなり手を出すのは良くないって前にも言っただろうが」
「手じゃない。足よ」
「小学生か!」
そんなじゃれあいを二、三回繰り返した後、栄太は気を取り直して美海にあることを訪ねた。
「でもよぉ、真面目な話。どうして勝てない? さすがに最初の頃と比べれば俺だってましになってると思うんだけど」
正直、零と勝負したときほどの絶望的な実力差は感じなかった。事実最初のうちは一ラウンド取る位はどうにか出来ていた。
しかし試合数を重ねるごとに、それすら難しくなり、ラスト三戦に至ってはまともな攻撃さえ入れられない始末。
少し前と比べればコマンドの制度は格段に上がり、無駄な動きも減った。
それなのに未だに一勝すら出来ない。
何かが徹底的に足りていないのではないか? そんな漠然とした疑問に正直焦りを感じずにはいられなかった。
「そりゃあんたみたいな、ガチャプレイしかできないやつに負けるわけないじゃない」
呆れるように美海はそう言うが対して、栄太の頭からはハテナがとんだ。
「なぁ、前にも言ってたけどそのガチャプレイって、そもそもなんなんだ?」
「何って、文字通りの意味よ。今のあんたみたいに何にも考えないでこうやって、ガチャガチャみっともなくプレイすることを、そう言うのよ」
空中でエアガチャプレイをしながら、美海は解説する。
「簡単に言えば無駄が多いってこと。無駄が多いから、コマンドをミスするし、狙った動きも出来ない。なんにせよまずはそのガチャプレイから卒業しない事には部長はおろか私にすら勝つこととは無理でしょうね」
言われて思い返してみるとプレイ中、栄太が文字通りガチャガチャと常に音を立てながらプレイしている横で美海や零はもっと静かに最小限の操作でプレイしていたような気がする。
そこが素人である栄太と、熟練者である美海や零との決定的な違いなのだろうか?
「……そうね、いい機会だから教えてあげる」
わずかに思案するそぶりを見せてそう呟くと、美海はピッと人差し指で栄太の事を指さした。
「ズバリ言うけど、あんた格ゲーをただワザを当てて、相手のHPを減らすゲームだと思ってるでしょ」
「? 思ってるも何も事実そうだろうが」
突然美海が投げてきたその質問の意図が掴めず、とりあえず素直に答えるが美海は難しい顔で首を左右に振った。
「そんなだから勝てないのよ。いい、格ゲーていうのはね基本的に読みあいと、駆け引きのゲームなの」
その発言に栄太の疑問はより深くなるが、そんな反応を見透かしていたように美海は解説を続けた。
「格ゲーには基本的に特定の行動に対して強い弱いみたいな相性が設定されているの、通常攻撃はガードに防がれるけど、投げ技はガードを無視できる、でも投げ技は通常攻撃には弾かれちゃう。みたいな感じでね」
「そんくらい俺だってわかってるさ」
美海の話たその内容は、ゲーム内のチュートリアルでも言っていたことだ、いくら何でもそれくらいのことくらいは把握している。
しかし美海は「いいや、わかってない」と栄太の言葉を否定した。
「私が言ってるのは、そんな相手がこう来たらこうするみたいな出たとこ勝負の話じゃなくて、駆引きの話よ」
言いながら美海は自身の拳を目の前にかざして見せる。
「突然だけど、今からあんたと私でじゃんけんをします」
「は? いきなりなにを」
「私はパーを出すわ」
「いや、だからなんでじゃんけん」
「はい、じゃーんけーん」
「だ、ちょっと待てって」
突然始まったじゃんけんに戸惑いながらも美海のぽんっの合図とともに栄太はとっさに手を出した。
栄太が出したのはチョキ、それに対して美海が出した手はグー。
「はーい、私の勝ち。あんたの事だから馬鹿正直にチョキを出すと思ったわ」
「うわ、ずっりぃ」
突然のじゃんけんに、出す手の嘘予告という手に栄太は非難の目で美海の事を見るが当の彼女は涼しい顔で。
「ずりぃ、じゃないわよ。言ったでしょう、私がしてるのは駆引きの話だって、あたんが私に勝てないのはつまりはこういう事よ」
したり顔の美海に対して、栄太はまだ言わんとしていることがいまいち理解できず首をひねっていると、美海はやれやれと言わんばかりに小さくため息をついた。
「格ゲーっていうのはね極端な話、常に相手より強い手を出し続けれれば必ず勝てるゲームなの」
美海の表情がそこですっと真面目なものに変わる。
「相手の出そうとする手は何なのか、出してほしい手を出してもらうには自分はどうするべきなのか。そういうことを常に考えて探り合う駆け引きが格闘ゲームのキモで本質なの。それなのに」
言いながら美海が人差し指で栄太の額をトンとつついた。
「あんたは、ただ何にも考えず目の前にあることに対してただ場当たり的に対処してるだけ。そんなんだから常に後手に回るし無駄な動きも多くなる」
何かを言う度、トン、トン、トンと額をつつきながら話す美海は最後にトーンと栄太の事を突き飛ばして。
「要するに、もっと頭を頭を使いなさいってこと。じゃないとさっきのじゃんけんみたいに、いいようにはめられるわよ」
美海に突き飛ばされた額に触れながら彼女に言われたことを考えてみる。
確かに自分は今まで練習したコンボや必殺技を当てることばかり考えて、今相手が何をしようとしているのかそういったことを考えていなかった。というより考える余裕がなかった。
特訓を始めたばかりの頃、参考になればと動画サイトで格ゲーの対戦動画を見た事がある。
やたらとカサカサ動いたり、空振ってる印象があったが。今思えばあれもフェイントや牽制と言った、美海の言う駆け引きの一環だったのだろう。
「頂は遙か遠く……か」
格ゲーの奥深さに思わず軽くため息が出る。
なまじ上達すればするほど、零までの距離がはっきりと見えてくる。
だからといって諦めるつもりは微塵もないが、それでもその事実は少し堪える。
その時、背中に強い衝撃が走った。
慌てて振り返れば、いつ後ろに回ったのか、美海が平手を思いっきり振り抜いていた。完全な死角からの一撃は、さすがに回避できない。
「なーにいっちょ前に落ち込んでんの、気持ちが悪い」
「な、気持ち悪いってお前な」
あんまりな言い方に、思わず振り返る栄太だったっがそこで美海と目が合った。
まるで猫の様なアーモンド型のつり目を挑発的に細めながら、その瞳が語る。
あんたの本気はその程度なの? と。
「……別に落ち込んでもへこんでもいねぇよ。むしろ燃えてきたところだ」
その言葉は少しだけ強がりだ。本当に少しだけ。
本気で向き合い半端なことはしないと誓った、ならばこんなところで立ち止まってなどいられない。
美海の言うとおり、この程度のことでうじうじする自分なんて気持ちが悪い。
「あっそう、それじゃ明日から学校来る日は毎日あたしと十先やるわよ」
「え、マジで」
思ってもみなかった提案に栄太の目が点になる。
「駆け引きにせよコマンドにせよ、基礎を覚えたら後は実戦あるのみよ。それとも何? 不満なわけ?」
「いや、まさか」
正直CP相手の練習に限界があることはすでに痛感している。
だから美海が言い出さなければ、栄太の方から頼むつもりが、その必用はないようだった。
「こちらこそ、明日もよろしくお願いします」
わざとらしく、頭を下げてそう言うと。美海も偉そうに腕を組んで「よろしい」とまんざらでもなさそうにうなずいた。
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