STAGE2-7

 早朝の学校は普段と比べて静かだった。

 遠くから聞こえる朝練をしている運動部の掛け声を聞きながら、栄太は貴重品以外の荷物を置いて教室を出た。


 美海と対戦し辛くも勝利したあの日から土日を挟んだ三日後の月曜日。

 美海に嫌そうな顔をされながら交換したLINEに、朝練をするぞと連絡があった。

 素人の栄太に格ゲーのいろはを教えてくれると約束をしてから初めての特訓、栄太としても気合は十分といった具合だったのだが。


「しっかし、なぜにジャージ?」

 自分以外は誰もいない廊下で独り言ちる。

 学校のジャージを着て、学校の正門前に集合というのが美海からの指示だった。


 なぜに正門? なぜに外? ゲームの特訓のはずなのにいったい何をしようと言うのか? 

 疑問は尽きなかったが教えられる立場の栄太があれこれ考えてもしょうがない。


 疑問のすべてを一旦脇に置いて、栄太は言われた通り学校の正門へとまっすぐに向かうとそこにはすでに美海の姿があった。


「遅い」

「遅いって、一応言われた時間の五分前なんだけど」

「私を待たせてる時点で遅刻よ、チ・コ・ク! 次はもう少し早く来なさいよね」

「横暴だなぁ」


 相も変わらずの態度にやれやれと肩を竦めながらも、なんともなしに栄太は美海の事を眺めた。

 手慣れた様子でストレッチをしている彼女の恰好は普段見慣れている制服ではなく、いま栄太が来ているものと同じ学校の指定ジャージだった。

 短めで癖毛気味の髪に、日焼けが目立つ肌と元々スポーティーな印象を受ける彼女がそうしている姿はなかなかどうして。


「なんか、様になってるな」

「? なによ急に」

 栄太の発言に美海が訝しげな目を向ける。


「いや、川池がそういう恰好してるとかっこいいなと思ってさ」

「ッ! 急に何言いだすのよ、この変態!」

「なんでだよッ!」


 理不尽な変態呼ばわりに苦言を口にするが、美海の方はといえば自身のジャージ姿を隠すようにしながら警戒心を込めた目でこちらを睨んでいる。


 なんだろう、ひょっとして女子というのはジャージ姿を褒められることを嫌がるものなのだろうか?

 確かにジャージといえばオシャレとは対極に位置するような服装なイメージだし、あまり似合ってるみたいなことを言われてもうれしくないのかもしれない。

 それにしても、変態呼ばわりはあんまりな気もするが。


「んで? 結局これから俺達はなにをするんだ?」

「なにをするのかって、決まってるじゃない。走るのよ見れば分かるでしょ」


 さも当たり前のことの様に言う美海。

 いや、薄々そうなんじゃないかとは思っていたけれどまさか本当にそうだとは。

「えっと……ゲームの特訓は?」


 思わず尋ねる栄太に美海はやれやれこれだから素人は、とでも言いたげな顔をして。

「これだって立派なゲームの特訓よ。プレイ中、高い集中力を維持する為に必要なのは結局のところ体力よ。だから日々の体力作りは必要なの、分かった? それじゃ私先に行ってるから」


 そう言って美海はその正門前から颯爽と駆け出して行った。

 確かに言われてみればこの前、美海と対戦した時も終わった後には結構な疲労感を感じたことを思い出す。


 一見ゲームとは全く関係のないようなことでも、重要なことというのは確かにあるのかもしれない。

 そういう事ならと栄太も美海をまねてストレッチをして走る準備を始める。


 なんにせよ、これもゲームの特訓だというのなら栄太から断る理由はない。

 ストレッチを一通り終わらせて栄太も、すでに先に行っている美海の背を追って走り出した。


「なっさけないわね、この程度でバテたりして」

「帰宅部にとって学校五周はこの程度じゃないんだよ」


 ランニングを終えて疲れはてて昇降口横の花壇に腰かけてへたばっている栄太と比べて、美海の方は多少の息の乱れはあれどまだまだ余裕がある様子だ。

 体力差をまざまざと見せつけられて、男子としてのプライドが若干傷ついて悔しい気持ちになるが今はそんなことを言ってもどうしようもない。


「ちなみに部長だったらこの程度、息一つ乱さずに走り切るから」

「マジか」

 普段なら疑ってしまうところだったが、なんとなく零ならそれくらいやってのけしまいそうな気がして妙に納得してしまうような話だ。


「……ちょっと待ってて」

 不意にそう言ったかと思うと、美海は昇降口から学校の中へと入っていってしまった。

 急にどうしたのだろうか? と疑問に思うが疲れ切ってすぐには動けそうにもないので言われた通り大人しく待っていることにした。


 五分ほど経たっていい加減を疲れも落ち着いてきた頃、美海が戻ってきた。

「んっ」

 そう言って彼女が差しだしてきたのは、校内の自販機で売っているスポーツドリンクだった。


 普段の彼女から栄太に対する態度の事を思うと、にわかには信じられずついスポーツドリンクと美海の顔を交互に確認してしまうと美海はちょっと不機嫌そうな顔をした。


「何よ?」

「いや、……いいのか?」

「言っとくけど奢りじゃないから。後で料金はきっちり請求するから覚悟しておきなさいよね」


 相変わらずの態度になんだかホッとしながら、栄太は差し出されたスポーツドリンクをありがたく受け取って一口、口に運ぶ。運動を終えた体にはよく沁みる。


「それと、これ」

 そう言って美海が次に差し出してきたのは一冊のノートだった。


「格ゲー用語とか、キャラごとの性能、他にも色々必用そうなもの纏めておいたから、時間あるときにでも目を通しときなさい」

「纏めておいたって、わざわざ俺の為に?」

「別にあんたの為って訳じゃないわよ。ただ頼まれた以上、半端なことはしたくなかっただけ」


 ふんっとそっぽを向く美海だったが、理由がなんだとしてもこうして自分のために行動してくれたことが素直にうれしかった。

「それでもうれしいよ。あんがとな」


 礼を言うと美海はそっぽを向いたまま、もう一度ふんっと鼻を鳴らす。

 相変わらず素直ではない反応だが。それでも、今はそんな彼女の様子をほほえましく思いながら渡されたノートを開く。


 フレーム数、壁コンボ、対空コン、投コン、待ちキャラ、タメ、暴れ、ケズり、起き攻め、めくり、崩し、ガードキャンセル、ダウン連、かぶせ、仕込み、ディレイ、刺すetc.etc.


 専門用語やテクニック、キャラ事の特徴や得意な戦法や対策方などがびっちりと書かれたノートを栄太はゆっくりと閉じて一言。


「……なるほど、分からん!」


 そこに書かれたことを、栄太が全て理解することが出来るようになるのは、もうしばらく先の事になりそうだった。

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