STAGE2-6

 どうして零は自分と交際がしたければゲームで勝ってみろだなんて条件を出してきたんだろうか?


 その気がなくて断るだけだならただ、ごめんなさいと一言いえば済む話だ。

 それなのにどうしてわざわざこんな回りくどい提案してきたのか。そのことがずっと気になっていた。


 何か考えがあっての事だろうとは思っていたが、それが一体どういった思いから来たものなのかまでは分かっていなかった。

 だけど美海からこの部の成り立ちを聞いて、なんとなくそれがわかった気がした。


 零はゲームを通して向き合ってほしかったんじゃないだろうか?

 自身が本気で打ち込むものと、そして彼女が一から作り上げたこの場所と。

 恋仲になりたいというのなら、彼女が大切にしているものと向き合い知ってほしい、そういう思いがあったんじゃないか。


「ゲームに本気で向き合う気のない奴がこの場所へ気軽に踏み入ってほしくない、そう言ってたよな」


 確かに動機は不純かもしれない、でもだからと言って今、自分が持っているこの想いがいい加減なものだなんてそんなことは言わせない。


「俺は本気だ、本気で零さんの事が好きだ! だから本気で向き合う!」


 美海が栄太の事をよく思っていないことは分かっている、その理由もこの前教えてもらったし、理解できた。


「零さんとも、ゲームとも、この部とも」

 栄太の操作するリョウの攻撃がより激しさを増していく。


 美海から距離を置くこともできた、ゲームを教えてもらう相手はなにも彼女じゃなきゃいけないという決まりがあるわけでもない、むしろ美海はそうなることを望んでいるのかもしれない。


 でも、それじゃダメだ。


川池おまえとも! 俺は本気で向き合う!」

 ビシリと攻撃を受け続けてきたパイルのガードにヒビが走る。


 美海が零の事を尊敬しているように、きっと零も彼女の事を大切に思っている。

 そんな彼女に背を向けてしまったら自分はきっと、零と本気で向き合ったとは言えなくなる。


 零が本気で向き合う相手を求めているというのなら全身全霊で答えて見せる。それがきっと彼女の望みであり、なにより栄太自身の望みでもある。


「俺のことは嫌いでいい。でも、俺は零さんや川池が大切にしている場所にいい加減な気持ちで踏み込んだりなんかしない!」


 いつまでも続くリョウの攻撃にパイルのガードに入ったヒビが徐々に大きくなり、エフェクトが許与限界を告げる赤色に変わる。


「本気で向き合って、本気でぶつかって、本気で挑んで」

そして――

「本気であの人に勝つッッッッ!」


 ガッシャァァァァン! 

 栄太が操るリョウの渾身の一撃がついに許容限界を迎えたガードが打ち破り、防御を砕かれ美海のパイルが大きな隙をさらす。


 その瞬間に、栄太は素早く一撃を放ちコンボを始動させる。

 ここ数日、来る日も来る日も練習してきた。零や美海と比べてしまえば無いに等しいほどの努力しかしていないかもしれない。


 でもたとえそうだとしても、栄太が今できる全部を本気で挑んできた証の全てをこの一瞬に叩き込む。


 コンボのフルヒットをくらい美海のパイルが壁際にまで吹っ飛ばされるが、ライフポイントはまだ四分の一ほど残っている。

 体制を立て直される前に一気に勝負を決めるため、栄太は瞬時にステップで距離を詰めるが、美海はタイミングのシビアな受け身コマンドを成功させ、ダウンを回避。


 すでに体制を立て直し待ち構えるパイルに、無防備に突進していくリョウ。

 すでに入ってしまったスッテプのキャンセルは効かず栄太側からどうしようもできない、対して美海は攻撃さえすれば相手が勝手に当たりに来てくれる状況。


 ここで決めきることが出来なければ、おそらくもう勝ち目はない、しかし栄太にはもうどうしようもない。

 万事休す、そう思ったその時。


「……いったいなんなのよ、あんた」

 吐き捨てるような美海の声が聞こえた。


 反撃は――こない。

 即座に栄太は攻撃を叩き込み、残りのヒットポイントを一気に削りきる。

 そして――。

 気づくと、モニターから栄太の勝利を宣言するアナウンスが鳴り響いた。


 勝った。その事実が一拍遅れてようやく栄太の脳にしみ込んでくる。

 勝った、確かに勝った……でも。

 栄太はチラリと隣に座る美海の様子を伺う。

 彼女はアケコンに手を添えたまま、ぼんやりと天を仰いでいた。


「ずっこいのよ、あんた」

 上を見上げたまま、拗ねたような声で栄太のことを責める。


「隣でワーワー喚いて、集中できないったらありゃしない。対戦のときのマナーくらい守りなさいよ、なに? あんた猿なの?」

「うっ、それは……ごめんなさい」


「部長の事が好きだだの、私と本気で向き合うだの、分かったような台詞ほざいて、聞いてるこっちが恥ずかしいったらなかったわよ。ほんっとウザいし、キモいし、大っ嫌い、あんたの事なんて」

「ぬっ、ぐう」


 確かに美海の言うことは一期一句、反論の余地もないほどその通りではある。

 だけど、何もそこまでボロカスに言わなくたっていいじゃないか、泣くぞ俺。

 栄太がいじけていると、美海が不意に大きなため息をついた。


「……格ゲーのいろはを教えてください、だったけ?」

 聞き覚えのあるその台詞に思わず視線を向けると、美海はギロリと横目で栄太の事をにらみつけた。


「言っとくけど、泣き言なんて言ったら許さないからね」

 あんまりにも素直じゃないその台詞の意味をすぐには理解できなかった。

 でも、照れくさそうに視線を逸らす美海の横顔を見ているうちに栄太にもようやくその意味が分かってきた。


 受け入れてもらえた、なんて都合のいい事は思わない。

 ただそれでも、何かが一歩いい方向へと進んだという実感と、今頃になってやってきた勝利の高揚感とがないまぜになって溢れて。

「うおぉぉ! ありがとうな川池!」

「ひっ!」

 栄太の中で喜びが爆発した。


「色々まだまだだけど、これからよろしくな!」

「ちょ、分かった、分かったから、てか近いのよ! どさくさに紛れて手を握るな! えーい、もうッ、いい加減にしろこのウマシカ男!」


 本気で向き合う覚悟を決めてようやく近づいた心の距離。

 ただ、その距離がまたほんの少し遠くなったかもしれない。

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