STAGE2-4
特訓を終え、栄太がeS部の部室を後にして下駄箱で靴を履き替えていると。
「おっ! 橋本じゃんうぃーっす」
声を掛けてきたのは栄太と同じクラスに所属する男子生徒だった。
席が近くでeS部へ通うようになる前は休み時間によく遊んだりしていた仲だ。
「よっ、部活の帰りか?」
「そういうこと。そういう橋本はこんな時間まで何してたんだ? 帰宅部だろ」
「ああ、実は今、eS部ってところででちょっとゲームの特訓をな」
「ゲッ、eS部」
部の名前を出した途端、男子生徒の顔が苦った。
「知ってんのか?」
「知ってるって言うか。一年の頃仮入部してたんだよ」
そんな話今まで聞いたことがなかったのでちょっと驚く。
「だけどこっちは放課後のんべんだらりとゲームができると思って来たってのに、真面目にやれ真面目にやれってうるさくってよ。仕舞にはやる気がないならもう来なくていいってさ、まったくよぉ」
苦々しい表情のまま不満を口にしていて男子生徒は最後にこう言って話を締めくくった。
「たかだかゲームでマジになっちゃって、バカみてぇだよな」
その口ぶりは何気なく、ごく当たり前のことを言っているようだった。
実際、男子生徒も何か特別なことを言った意識はないのだろう、彼はうち履きをスニーカーに履き替えながら栄太が今何のゲームをしているのか何事もなかったかのように聞いてきた。
栄太が今、特訓しているゲームのタイトルを伝えると男子生徒は目を輝かせ食いついてきた。
「マジで! それなら俺持ってんだよ、今度俺ん家きて一緒にやんね? 分からないところがあるならオンライン戦ゴールド帯の俺が教えてやるからさ」
男子生徒が自慢げに話すゴールド帯はオンライン上での格付けで上から二番目のランクだったはずだ。
最近始めたばかりの栄太にはそれがどれだけすごいことなのかピンとは来ていなかったが、わざわざいうからにはそれなりにすごいことなのだろう。
「な? どうする」
男子生徒が重ねて訪ねてくるので、栄太はうーんと悩むそぶりをして。
「……行けたら行く」
「ってそれ、ぜってぇ来ねぇやつじゃん!」
なんて他愛のないやり取りをしながら栄太は、男子生徒と二人で適当な世間話をしながら帰路についた。
学校から家に戻ってすぐ二階にある自室に向かうと、栄太は練習用に借りているゲームを起動する。
いつものようにトレーニングモードを選択して練習を始めると、ゲームから響く打撃の音や必殺技の効果音が部屋の中で静かに響く。
「あ、クソ」
コマンドの入力をミスり狙ったものとは違う必殺技が暴発する。
少しづつ慣れてきてはいるがまだまだこういったミスが無くなることはない、きっと零の前でこんなミスをすれば一瞬KでOまで持ってかれてしまうに違いない。
「スティックの握り方がよくねぇのかな? もう少し丁寧に入力してみるか?」
ぶつぶつと言いながら試行錯誤を繰り返す。
そうやってしばらくの間、練習を続けていたが不意にその手が止まった。それに合わせて画面の中のキャラクターも動かなくなる。
ゲームに本気で向き合う気のない奴がこの場所へ気軽に踏み入ってほしくない。
美海はそう言っていた。
ゲームに本気で向き合うって、いったいどういう事だろうか?
「なんだお前、またそれやってるのか」
不意に声が聞こえて振り返ってみると、エプロンを付けた父親が部屋の入り口から、こちらを覗き込んでいた。
「部活で帰るのが遅くなるのはいいが、帰ってきたらすぐゲームばかり。栄太、お前、宿題とかちゃんとやってるんだろうな?」
「大丈夫だって、ちゃんとやることはやってるからさ。それよりなんか用があったんじゃないの?」
そう返すと、父はちょっと何かを言いたそうな顔をしたが別に苦言を呈するようなことはせず。
「もうすぐ夕飯が出来るぞ、母さんもそろそろ帰ってくるんだ、ゲームなんかさっさと切り上げて降りておいで」
そう言って父の足音は部屋の前から遠ざかり、階段を下りて行った。
「……ゲームなんかさっさと切り上げて、か」
ついさっき父が何気なく言っていた言葉を口の中で転がす。
父は別に厳しい人間ではない、むしろどちらかといえば大らかで優しい部類の方だろう。
ただ父の中でゲームは家族団らんの夕食と比べれば悪気なく、なんか、と言えてしまうようなそういう位置にあるものなのだ。
たかだかゲームでマジになっちゃってバカみてぇ。
下駄箱で話をした男子生徒はそう言っていた。
だけどそれは別に特別なことじゃない、きっとあれが普通の価値観なんだろう。
白状すれば、栄太自身も美海の話を聞くまでゲームと本気で向き合うなんてそんなこと考えたこともなかった。
でも美海にとってはそうじゃないのだ。
彼女にとってゲームは本気で挑むほどの価値のあるもので、きっとかけがえのない大切なもの。
大多数の人がたかがの棚に、置いてしまうものを彼女は自身の中心にある大切なものを置く棚にそれを置いている。
それなのに周りの人たちは、自分の大切なものを悪気なく馬鹿にして。そのたびに美海は悔しがって傷ついて、そんなことを彼女はうんざりするほど繰り返してきたのだろう。
そう思えば、美海があれだけ栄太のことを敵視していたのも理解できる気がした。
気づくと放置されていたキャラクターが待ちくたびれたように、画面の中で静かにあくびを嚙み殺していた。
本気でゲームと向き合う。考えてみてもそれがどういうことなのか栄太にはまだわかりそうになかった。
翌日の放課後、いつも様に部室へと向かうと今日は美海の方が先に来ていた。
いつものようにヘッドホンを付けてゲームに集中しているその後ろ姿に、栄太は意を決して声をかけた。
「川池、頼みたいことがあるんだけど」
「……なによ?」
普段であれば一言かけたくらいじゃ反応を示さない美海だったが、今日は違った。
美海はヘッドホンは付けたまま、ゆっくりと振り返り栄太のことを見る。
「なぁ――」
その目は相変わらず敵意に満ちた鋭いものだったが、その瞳をまっすぐにみつめかえして栄太は彼女にある一つの提案をした。
「――俺と勝負しようぜ」
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