STAGE2-3

 キャビネットの中に仕舞われていたのは大小さまざまトロフィーや盾、金色に輝くそれらが所狭しと並べられていた。


 試しにその中の一つを手に取ってよく見てみると【e-1ファイターリーグ優勝小早川零】と書いてあった。ざっと見た限り他のものも同じように零の名前が書かれているように見える。


「すっげえな」

 思わずそんな感嘆の声が口からこぼれる。


「この部はね、部長が二年の時に立ち上げたんだけど。形式的には部って言ってるけど、正確に言えば同好会なの」


 言われてみれば確かに、栄太の知る限りeS部のメンバーは零と美海の二人以外見たことがない。

 うろ覚えだが学校に部活として申請するためには最低四人以上の部員が必要だとか生徒手帳に書いてあった気がする、そうすると確かにeS部は部として認められるための条件を満たしていない。


 しかしだとすると一つの疑問が栄太の頭に浮かぶ。

「でも、じゃあこの部室は何なんだよ?」

 部室自体は空いていた部屋をあてがってもらったのだとしても、じゃあここにあるゲーム機やモニターといった備品はなんなのか。


 部じゃない以上、当然だか学校から部費が出ることはない。

 零が二年の時に部を立ち上げたというのなら、もともと学校にあったものではないだろう。そもそもここにあるゲームソフトやゲーム機はどれも最新のものばかりだ。

 部費が出ない同好会でこれだけの機材をどうやってそろえたのか。

 その答えは、栄太が想像していたよりもずっとシンプルなものだった。

 

「全部、部長の私物よ」

「全部! これが?」

 栄太は驚きのあまりその場であたりを見まわした。

 今この場所に所狭しと並べられているモニターやゲーム機、決して安くはないだろうそれらがすべて零の私物だというのだ。


「厳密に言うと、活動の一環として使うことを前提に部長が部の備品として学校に寄贈したの。あんたが今プレイしてるゲームも、ゲーム機もコントローラーも全部、部長がこの場所を作るために用意してくれたもの」


 言いながら美海が手短にあったゲーム機を軽くなでる。ゆっくりと優しくそれに込められた思い出をいつくしみ、噛みしめるようにように。


「最初のうちは大変だった。部員は部長と私しかいなかったし、そもそもテレビゲームの部活なんてって先生達もまともに相手してくれなかった。遊びたいだけだろって露骨に嫌味まで言われて」


 あー今思い出しただけでも腹立つ、と当時の事を思い出してかぼそりと怨嗟の言葉を漏らす。


「でも、部長はあきらめなかった。沢山の大会に参加してその優勝を実績に部の設立を学校側に認めさせたの、設備もその時の賞金で買ったもの。この場所は部長が文字通り、一から全部作り上げてきた場所なの」


 さらりと言われたその話に、栄太は声には出さず驚愕していた。

 キャビネットに仕舞われていたトロフィーは、片手ではとても足りないような数だった。


 大会の規模はまちまちだろうが、それにしてもあれだけ多くの優勝をかっさらい、学校に部の創設を認めさせるなんてそんな力技、誰にでもできることじゃない。

 世の中のゲーマー達の実力がどの程度のものなのかは知らないが、零はじつはその中でもかなりの実力者なのではないのだろうか。


「ゲームなんてただの遊びだろうって鼻で笑う連中全員黙らせて。本気でやって結果を出せば周りを認めさせられるんだって証明したの。なのにッ」

 美海は苦虫を嚙み潰したような顔で、ギリリと悔し気に歯を食いしばる。

「入部希望に来る奴は口先だけのゲームで遊ぶことしか考えてないような奴ばっか、結局長続きしなくて部は今も同好会のまま」


 もう、うんざりなのよ。込められたのは怒りなのか悲しみなのか。

 最後に零したその一言には今まで美海の中で降り積もった何かの重さを感じさせるように思えた。


「遊び感覚のいい加減な気持ちで部長はゲームをやってない。私だって少なくとも気持ちだけは一緒のつもり」

 その時、美海の瞳が栄太の瞳を見る。

 彼女の瞳は真剣で、その言葉に嘘やごまかしのない本気の目。


「ゲームに本気で向き合う気のない奴がこの場所へ気軽に踏み入ってほしくない、部長と付き合いたいからゲームを頑張るとか抜かす、あんたみたいな軽薄な奴がこの場所を出入りすることが私は、ムカついてムカついてしょうがないの!」


 話している内に美海の声に熱が籠る。今まで溜めてきたものを爆発させるように彼女は叫んだ。

 ただどうしてだろう?

 怒っているはずの彼女の声が、まるで泣いているように思えるのは。


「……どう? これで満足」

 乱れた息を整えながら美海が尋ねる。

「ああ、そうだな」

 正直彼女の独白に栄太はなんて返事をすればいいか、すぐには言葉が見つかりそうになかった。

 でも、ただ一言、言わないといけないことがあることは分かってる。


「ありがとうな、川池。色々話してくれて、なんとなくだけどお前の気持ちがわかった気がするよ」


 それは栄太の素直な気持ちだったが、美海の方はまさかお礼を言われるとは思っていなかったのか驚いたような顔をして、ちょっとバツが悪そうにフンッ! と鼻を鳴らして後ろを向いてしまった。


 正直に言えばこの部の成り立ちや、美海の想いに触れて、少しだけ気圧されていた。

『あんたが今プレイしてるゲームも、ゲーム機もコントローラーも全部、部長がこの場所を作るために用意してくれたもの』

 膝の上に乗せたアケコンが、その日はなんだか普段よりも重いものの様に思えた気がした。


 結局その日はそれ以上、美海と話すことはなく栄太はいつものように完全下校時間まで一人黙々と練習をするだけで終わった。

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