STAGE2-2

 ゲームの特訓を開始して三日が経った。

 次会うときにまでにもっと強くなる、と零に啖呵を切ったはいいが栄太のゲームスキル向上は早くも暗礁に乗り上げていた。


 学校の授業が終わるのが十五時半、そこから完全下校の十八時までの二時間半と、昼休みの三十分の計三時間はes部の部室で。

 さらに家に帰り、就寝するまでの約六時間。その殆どを栄太は渡されたゲームをプレイすることに費やした。


 トレーニングモードとNPC対戦をひたすら繰り返し、慣れていなかったアケコンやゲームの操作そのものにも慣れてコンポや必殺技のコマンド入力はスムーズなものになりつつある。


 ただどうにも手ごたえを感じない。

 いくら最強レベルのNPCを難なく倒せるようになっても零に勝てるイメージが全く湧いてこない。


 まともに触れることすらもできなかった前回の対戦。

 ゲームに対する慣れとか、操作技術といったものではなくてもっと根本的な部分の何か、そこに圧倒的な差がある。にわかなりにもゲームにたいする造詣を深めたことで改めて彼女と今の自分との力の差を自覚する。


 圧倒的な差の正体が具体的に何なのか、栄太にはわからなかったが、ただこのまま一人で漠然と特訓を続けてもその差が埋まることは決してないだろうという直感が栄太にはあった。

 漠然とした閉塞感。その壁を超えるにはどうすればいいのか頭が煙が出るほど熟考し、そうしてある一つの答えを出した。


「俺に格ゲーのいろはを教えてください! お願いします!」

 ゴンッ!

 eS部の部室に床に額を叩きつける鈍い音が響く。

 ちょっと強く打ち付けすぎて額が少しヒリヒリするがそんなことは気にしない。


 一人で漠然と特訓を続けていても意味がない、なら誰かに助けを求めるしかない。

 できない事、分からないことがあれば分かる人間に聞くのが簡単で確実。

 しかし零には頼ることが出来ないとなると、教えを乞う事が出来る人物は栄太が知る限り一人しかいない。


「な、なにやってんのよあんたは! そんなところで土下座されても邪魔なんだけど」

 部室の出入り口の前に立つ美海が動揺しながらも、冷めた視線で栄太の事を見下ろしている。

 昨日頼んだ時は完全スルーで全く相手にされなかったことを思うと、出会いがしら土下座作戦はある程度の効果はあったらしい。

 取り合えす一歩前進だが、これで引いてしまっては意味がない。栄太は土下座の勢いそのままに畳みかけに行く。


「なぁ、俺の何がそんなに気に食わないんだ? そりゃ色々と失礼なことはしたかもしれない、それは全面的に謝る。でも、なんと言うか、多分それだけじゃないだろう」


 零は人見知りだと言っていたが、たぶんそれだけじゃない。美海の栄太に対する嫌悪や怒りはもっと具体的ではっきりとした何かに対するもののような気がする。


「俺は、お前の言うようにバカだからさ、言ってもらわなきゃわかんなぇんだよ。気に入らねぇところがあんのなら言ってくれよ。俺だってさすがにわけわかんねぇまんま嫌われんのは嫌なんだよ」


 腹の探り合いや駆け引きなんて出来ないしやらない。

 まっすぐに自分の思ったことを言うのが、栄太のコミュニケーションだった。

 それでトラブルになることも多いが大概の人とはそれで仲良くなれた。

 しかし美海はその瞳を苛立たし気に釣り上げて、栄太のことを鋭くにらむ。


「別に理由なんてないわよ。ただあんたの存在そのものが気に入らない。ただそれだけ、ほかに理由なんてないわよ」

「それは嘘だ!」


 栄太の迷いのない力強い言葉に、苛立っていたはずの美海のほうが気おされ目を丸くする。


「川池は意味もなく人を嫌ったりするような奴じゃないだろう」

「はぁ? 知り合って間もないくせに人のこと分かったように言ってんじゃないわよ、何を根拠にそんなこと言って」

「感だ!」


 単純明快、明朗快活、清々しいほどシンプルなその根拠に、美海が逆に言葉を失い困惑した表情で二の句を告げずにいると。

 それとは対照的に栄太は彼女のことを見据えたまま言葉を放つ。


「俺は自分で言うのもなんだが頭はあんまよくないし、物事深く考えるのだって得意じゃないが、人を見る目だけには自信があんだ」

 ズビシッと栄太は親指で自身の目を指さす。

「昔っから一目見ればそいつがどんな奴なのか大体わかった。そんな俺の目が川池のことを悪い奴じゃないって言ってるんだ、だからきっとお前はいい奴だ」


 なんの信憑性もないまさに感としか言いようのない理屈。

 だけどその理屈は単純なだけに裏表なく、まっすぐで、そして何よりあんまりにもバカバカしかった。


「何よそれ、話になんない」

「話をしようとしないのはそっちだって同じだろうが」

 その時初めて、美海が痛いところを突かれたというような顔をした。


「……あ~もうっ!」

 大きなため息をつき、美海が吼えるように部室の天井を仰ぐ。

「こんなウマシカ男相手にムキになって、これじゃ私のほうが聞き分けのない子供みたいじゃないのよ」


 怒っているのか嘆いているのか分からないことを言ったかと思うと、美海はキッ! と栄太のことを睨みつけ。

「何が気に入らないのかって聞いたわね。いいわよ教えてあげる!」

 なんだかやけくそのよう美海はそう言うと、部室の隅にあるキャビネットを勢いよく指さして。


「そこに入ってるものを見てみなさい」

 突然の指示に栄太は多少訝しがりながらも指示通り、彼女の指さす先にあるキャビネットの下段にある引き戸を開ける。

「うぉ、なんだこれ!」

 そこに入っていたものを見て栄太は思わず驚きの声を上げていた。

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