STAGE1-4

「そら見たことか」

 美海の冷めた声が、静かに響く。

 結果を先に言う。

 完敗だった。それはもう完膚なきまでの完全敗北だ。


 十分勝機はあると思っていた。

 ゲームはよくやる方ではないがけっして下手でもない、上手いか下手かで言ったら、上手い部類に入る。


 何よりこれはただのゲームだ。いくら実力差があると言っても勝機はあるだろう、そう思っていた。

 そんな考えがどれだけ、甘い物だったのかを徹底的に思い知らされた。


 試合が始まればもう零の独壇場だった。

 栄太の操るリョウの攻撃は、そのことごとくが防がれ、いなされ、空を切る。

 その隙を零は的確に突き、一度捕まればなすべもなく連続攻撃をたたき込まれ、まともな反撃すら許されず、ヒットポイントが消えていく。


 蓋を開けてみれば、あれだけハンデをもらっていたにもかかわらず。

 まともに攻撃を入れることすら出来ず、戦いは終わっていた。決着までに十分もかからないほどの瞬殺劇だ。


 完敗、惨敗、大敗。そのどれでも足りない、それ以前に勝負にすらなってない。

 それ程圧倒的な力の差。

 それをまざまざと見せつけられた。


 身の程知らず。

 試合が始まる直前、美海が言っていた言葉が身に染みる。全力を出してくれなど、今思えば滑稽でしかない。


「だから言ったでしょ勝てるわけ無いって。そもそもあんなトーシロー丸出しのガチャプレイでよくもまぁ」

「その辺にしておきたまえ川池君。少々口が過ぎるぞ」

 零に一喝されて美海は「すみません」一と言って黙ったが。その様子は少し不満げでふてくされているようだった。


「すまなかったな。川池君には後で改めて私から言っておくから、気を悪くしないでやってくれ。さて、それはそうと今回は私の勝利で終わったわけだが――」

「もう一度」


 零が言い終えるよりも速く。栄太が口を開いた。

 完膚なきまで叩き潰され、万に一つも勝機はない。それはもう十分思い知らされた。

 それでも――


「もう一度勝負してもらえないっすか?」

 それでもここで引きたくはなかった。

「はぁ? あんた何言ってんの?」

 不満を隠そうともしない声で美海が言う。


「往生際が悪いわねぇ。それとも勝ち目がないことも分からない?」

「んな分けないだろ、現状、万に一つも勝てないって事は身に染みてる」

 そう、そんなことは分かっている。今百戦繰り返したところで、一勝だって出来ないだろう。

「だから――」

 だがそれは、今やったらの話だ。


「特訓をする! 零さんに勝てるように」

 今勝てないなら、勝てるようになればいい。当然の事だ。

 万に一つもない勝機を、少しでも引き寄せる、そのためには自分を鍛えるしかない。


「特訓して力を付ける、そうしたらもう一度勝負をしてください!」

 再戦の申し込み。その時零は少しだけ驚いたような顔をしたが、美海の方は呆れきった表情で分かりやすくため息をついた。


「特訓って。ガチャプレイしか出来ないあんたが、ちょっと練習したからって、部長に勝てる分けないじゃない」

「んなもんやってみないと分からないだろ」

「はぁ~出た出た。現実見えてないウマシカの常套句」

「やる前から、諦める奴の方が俺は馬鹿だと思うけどな」

「なに? あんたあたしに喧嘩売ってんの」

「別にそういうつもりはねぇよ。ただ思ったことを言っただけ」

「良し分かった。相手になってあげるから表に出なさいよあんた」


 一昔前のやり取りから、一昔前の喧嘩に突入しそうになっている二人だったが。

 その時愉快そうな零の笑い声が、部室の中に響いた。


「ど、どうしたんですか部長。いきなり」

 突然の事に驚き、動揺する美海だったが零は笑いすぎて涙でも出てきたのか、目元を人差し指で拭った。


「いや、すまないすまない。君たちのやり取りが可笑しく見えてしまってね」

 言いながら未だに、ふふっと可笑しそうに笑う零。栄太と美海の二人はと言えば毒気を抜かれて呆けるしかない。


「栄太君」

「あ、はい」

 突然な前を呼ばれて、なんとなく居住まいただして答える。

「先ほどの再戦の申し込みだが、良いだろう受けよう」

「マジっすか!」


 いよっし! とガッツポーズをしようとしたが、ただし! と零の一言で遮られた。

「特訓の期間は一ヶ月。一ヶ月後、今日と同じ時間、もう一度勝負をしよう。それまでに私に勝てるまでに腕を上げてくること、それが条件だ。私もいつまでも待ってあげられるほど身持ちのいい女ではないのでね」


 不適な。挑発的ともとれるような、微笑みを浮かべる零。

 絶望的なまでの実力差。それをたった一ヶ月で埋める。


 零の実力を身をもって体感した身として、それがどれだけのことか、推し量れないと程栄太も馬鹿ではない。

 それは見る人が見れば、無謀としか思えないような条件だろう。


 事実話を聞いていた美海は、呆れるような同情しているような、そんな複雑な顔で栄太のことを見ていた。

 だがそれでも。


「分かりました。それでいいです」

 栄太に迷いはなかった。

「一ヶ月後の今日、この時間もう一度勝負してください。そんで――」

 これは零からの挑戦状。


 圧倒的な強者であり、憧れの人物である彼女が、私と本気で戦う気なら、これぐらいの条件はクリアして見せろ。

 語外にそう言っている。

 ならばここで臆するようでは、男じゃない。


「――そん時は俺が勝ちます」

 はっきりと断言する。

 挑戦を真っ向から受けて立つ。それが再戦を認めてくれた、彼女へのスジだ。


 そんな栄太の答えに、零は満足そうな表情を浮かべた。

「了解した。それでは一ヶ月後もう一度勝負をしよう。それに伴って栄太君、君にはそれまでの間、ここの機材を自由に使うことを許可しよう」

「え、いいんすか?」

 正直ゲーム機やソフトを自腹で、購入する金銭を、どこから捻出した物かと、考えていた栄太にとって、それは願ってもいない申し出だったが。

「納得できませんッ!」

 その提案に不満の声が上がる、言うまでもなく美海だ。


「どうしてこんなウマシカ男に部の備品を貸してやらなきゃいけないんですか」

「別に構わないだろう。話を聞く限り、栄太君はこの手のゲームを持っていないようだしな。特訓のためとは言え、それを全て自分で用意するのは中々に酷だろう」

「それはそうかもしれないですけど、でも……」


 どうしても納得できない美海の目が栄太を伺う。

 その目は相変わらず威嚇する猫のようで、栄太に対する猜疑心と不満が、ありありと込められている。

 そんな美海の肩に零の手が優しく触れる。


「私事で君にお願いするのも、厚顔だとは思うが、どうか私のわがままを許してくれないだろうか?」

 零が宥めるようにそう言うと美海は何かを言おうとするが、それを飲み込み小さくため息をついて。

「……部長がそういうのでしたら。でも、私は認めませんから」


 そういうと美海は自分の荷物を持って足早に部室の出入り口へ向かい扉に手をかけると「今日はお先に失礼します」と一言だけ言って廊下へと出て行ってしまった。

 そんな彼女の様子に零はやれやれと首を左右に振って、労わるような目で栄太へと視線を向ける。


「すまないね、だがあまり気を悪くしないで上げてくれ。彼女は少し人見知りの気があってね、突然現れた君に動揺してしまっているだけなんだ」

「あ、いえ、俺は別に怒ったりしてるわけじゃないっすけど」

 ただ我ながらずいぶんと嫌われてしまったなと、流石の栄太も少しだけ落ち込まずにはいられなかった。


 しかしいったいどうして彼女はあそこまで自分のことを嫌うのだろうか?

 心当たりは……まぁいろいろあるが。

 それにしてもあそこまで敵意を向けられるほどのものだろうか?


 零は人見知りなだけだと言っていたが本当にそれだけだろうか。

 栄太に向けられるあの敵意はそんな表面的ものじゃなくもっと彼女の根っこの部分からきているような、なんとなくそんな気がした。


「さて、今日のところは家で練習して、少しでも操作に慣れておくといい。放課後はさっきも言った通り個々の部室を自由に使ってくれ」

 その後、練習用に予備のゲーム機にソフト、そして例のアケコンを渡され、その日は解散となった。

 零から受け取った機材一式で、栄太はその日から早速、特訓を開始する。

 零との再戦まで一ヶ月。

 英太の血と汗と電子の特訓の日々がこうして幕を開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る