STAGE1-3

 零が勝負の種目として選んだのは、登場から十数年経った今でもナンバリングタイトルが発売され、ゲームに疎い栄太でも名前は聞いたことがあるような、有名格闘ゲームだった。


「eスポーツで世界的な主流はFPSだが、私はこっち専門でね。ちなみに栄太君は格闘ゲームの経験はあるかい?」

「このシリーズなら昔、ゲーム好きの友達と何回かやったことがあります。俺、結構強かったんッスよ」


 一緒に遊んでいた友達が引っ越して以来になるので実際にプレイするのは久しぶりだが、筋がよかったのか当時の対戦成績は全戦全勝だった。

 テレビゲームにはそれほど明るくない栄太だったが、これなら何とかやれそうな気がする。


「そうか、では、ルールは一試合二ラウンドで五試合。そのうち栄太君が一ラウンドでも私から取ることが出来たら君の勝利としようか」

「え、それはさすがにこっちが有利すぎないっすか?」


 要するに栄太は一ラウンドだけでも取れば勝利だが。零は連続五試合、十ラウンド一度も負けずに連続で勝たなければならない、と言うことになる。

 どう考えても栄太が圧倒的に有利な条件。あまりに都合が良い展開に、栄太の方が怪訝な顔を浮かべてしまう。


「格闘ゲームはただでさえ経験者とそうでない者との格差ができやすいゲームだ。栄太君は経験があるそうだがブランクもあるのだろう? 見くびるようで悪いがこれくらいのハンデが無くてはフェアとは言えない。なに、ハンデはつけるが手加減をするつもりはない」

「それは、そうかもですけど」

「いいから、素直にもらっておきなさいよ」


 不服そうにする英太に、先ほど戸棚に置いてあった、レバーとボタンが付いた箱の様なものを持った美海がそう言った。


「言っとくけど、その百倍のハンデをもらったところであんたは部長に勝てないわよ」

 言いながら美海は、持ってきた箱のような何かを零に渡した。


「なんすっか? その鉄人二十八号のリモコンみたいな奴」

「鉄人とはまたずいぶん渋い物を知ってるな。まぁ、だがしかし当たらずとも遠からずと言ったところだな」

 おかしそうに笑う零に対して栄太が相変わらず頭からハテナを飛ばしていると、それを見かねて美海が横から補足を入れてくれた。


「アケコンよ、アーケードコントローラー。ファイティングスティックとか、アーケードスティックなんて呼ばれることもあるけど」

「あけこん? アーケード? ファイティング、なんだって?」

 美海が聴き慣れない単語を口にし、思わず眉間の皺が濃くなる栄太。

 その疑問に美海は続けて答える。


「要は、ゲームセンターの筐体と同じ規格で、操作をするためのコントローラーよ。まぁ見たことなくても無理ないけど、その辺の電気屋なんかじゃ置いてないし」

「へぇ~。でもそれ、使いにくそうじゃないか?」

 

 栄太が今持っている、一般的なコントローラーの倍以上の大きさがある箱型のそれは手に持てるようなものではなく、必然的に机や膝の上に置いて操作するような形になる。

 アケコンなんて触ったこともない栄太にとっては、そのスタイルは、ただ扱いにくそうな印象しか受けなかった。


「ふむ、もっともな意見だな」

 アケコンなる物の接続をしながら、零は栄太の意見を否定するわけでもなく当たり前のことのようにそう言った。

「確かに栄太君の言うとおり、なじみのない人間から見たら、ただ大きくて仰々しいだけの物だろう。事実普通にゲームをするだけならば、大きくてただかさばるだけの代物だからな。しかしだ――」


 アケコンの接続を終えると、動作チェックのためか、零はボタンやレバーをガチャガチャいじり始める。

 その動きに一切の淀みはなく、使い慣れた年期の深さを感じさせ。

 タタンタタンと叩かれるボタンの音は、素早くリズミカルで、もはや楽器を演奏してるようでさえある。


「昔からある様な有名古参タイトルほど元をたどればゲームセンターなどに置いてある筐体機から家庭用機に移植されたものがほとんどだ、特に格闘ゲームコマンドなどもそれを前提にしてある。故に慣れてしまえば、こちらの方が圧倒的にやりやすいのだよ」

「ふーん、なるほど」

 なんて言いつつ、正直言イマイチピンとは来てないのだが、零が言うからには、そうなのだろうと、栄太は納得することにした。


「さて、つまらない解説はこの辺にして。早速ゲームを始めようじゃないか」

 そう言って零はゲーム機を起動する。 

 テレビ画面にタイトルがデカデカと表示され、モード選択で対戦モード選択し、次はキャラ選択画面。

 思いの外キャラの数が多く、ざっと見た限りでも三十以上はいる。どれにするか悩んだが、考えたところで分からない事に気が付き、結局はなんとなくで選ぶことにした。


 リョウと名前の書かれたそのキャラは、胴着纏いはちまきを巻いた、ごりごりの武闘家を思わせる風貌のキャラだった。

 パッケージにもデカデカと描かれていたので、きっと主役か何かなんだろうなと適当に思う、栄太の格ゲー知識なんてそんな物である。


「ふむ、では私は」

 そう言って、零はいかにも軍人と言った感じの金髪女性キャラ選択する。

 その瞬間、後ろで成り行きを見守っていた美海がうわぁと声を上げる。


「キティって。がっつり持ちキャラじゃないですか部長」

「手加減はしないと言っただろう。なれば普段使い慣れたキャラを使うのは当然だろう、なぁ栄太君」

「ええもちろん。全力で来てください!」


 零との交際を掛けた勝負。当然勝ちに行くが、それでも手加減なんてして欲しくはない。手を抜かれ、勝って零と付き合えたとしてうれしくない。

 男なら正々堂々全力勝負が正道としたものだろう。


 勝負に向けて張り切る栄太だったが、ふと美海がなにやら哀れなものを見るような目でこっちを見ていることに気付く。

「なんだよ、何か言いたげな目ぇしやがって」

「別に、ただ部長に勝てる気でいるなんて 身の程知らずだと思っただけ」


 まぁせいぜいガンバんなさい。投げやりにそう言って美海は手短な椅子を自分の近くに引き寄せて栄太達から少し離れたところに腰を下ろした。

 美海の言う通り経験があるからと言ってプレイ自体久しぶりの自分が不利なことくらいは栄太にも分かっていた。


 とはいえこれはただのゲームだ、その上、不本意だが圧倒的に有利なハンデまでもらっている。不利なのは変わらないにせよ、勝機は十分にあるはずだ。

 栄太は、手に持ったコントローラーを握り直す。

 テレビから響く号令とゴングが、勝負の始まりをつげ零との交際を掛けた、ゲーム対決が始まった。

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