間話──23.5-8話──
エレベーターを降りると、小路がそこで待っていた。
「終わりましたか?」
「ああ」
もっとも、俺は何もしていない。
最後は多分小早川さんが始末をしたし、俺はアイツと対話をしただけだ。
「彼は──元々、連盟の魔術師だったんです」
確かに、男は連盟について詳しい口ぶりだった。
「七大天使が一人、人類に知恵と癒しをもたらす優しき者──かつてラファエルと仇名された男でした」
どこか寂しそうに、小路は男の経歴を俺に教えてくれた。小早川さんと同格、とは俄かに信じられないが……癒す者、というのは頷ける。確かに男の考えは、その名前が相応しいものだったように思える。
「きっと、彼と触れることで、得られたものも少なくないと思います」
それは、小路がまるで、あの男のことを知っていたような口振で──。
「お前は……」
「私は結城 小路。魔術連盟の、ただのしがない"蝙蝠"です」
小路のその言葉は、それ以上の詮索を許さない響きを持っていた。──ああ、俺にも、それ以上の情報も、関係性も、要らなかった。
「それで……俺は君に、認めてもらえるか?」
「ええ。貴方は……きっと、どうして魔女を殺さなければならないのか。自分がどういう存在なのか。きっともう、分かっているはず」
ラファエルや小路と触れ合ったこの時間で、俺は随分と自分や魔術というモノ、殺そうとしている魔女が何なのかを、見つめさせられていたと思う。……ああ、今なら言える。
「私からは……連盟を代表して、貴方が小早川奏の粛清を行うことに、言うことはありません」
粛清、という言葉に、少し俺は思うところがあった。それで思わず、口をついて出ていた。
「粛清ってやめないか。まるで魔術師が……小早川さんやお前らが、悪いことをしているみたいだ」
その言葉に、小路はぽかんとして、そして、少しだけ笑った。
「みたいじゃないですよ。……どこまで行っても、魔術師であることを選んだ私たちの行き着く先は人類の敵です。どれだけ聖者ぶろうと、天使の名を騙ろうとも、私たちがやってることはそういう行いで……やってることは人殺しですよ」
そう言って、彼女はまた、クスクス笑う。
そして──。
「それでも……そう言ってもらえるのは、悪い気はしません」
路傍の花のような笑顔で、彼女は、そう言った。
「最後に一つ。貴方が彼女を殺すなら……彼女の願いを、祈りを、見届けなければなりません。……言い換えれば、彼女をちゃんと見てあげてくださいね」
小路は和かにそういった。
けれどその表情はどこか無理をしていて……笑っていても陰があった。
小早川奏を見る──。それを、俺はちゃんとやれているのだろうか。
「あ、それと」
小路は今思い出した、と言わんばかりに、ぽんと一つ柏手を打った。
「奏ちゃん、貴方に負けず劣らず目移りしがちなところがあるので。貴方は真っ直ぐ見てあげなきゃだめですよ」
「は、え、ちょっと」
おい待てどういうことだ。俺がいつ目移りしたって。
俺が口を開くよりも早く、小路は軽くステップを踏んで距離を置くと、嘲笑うようにこっちを見た。その様子に俺は、閉口する他なかった。
帰宅する頃には、もうすっかり夜中になっていた。自室に戻って布団に横になっていると、妹がご飯を作ってくれたらしいが、呼ぶ声も無視して、寝たふりをして過ごす。
──俺は、小早川さんのことを、本当に見れていたのだろうか。
その悩みは、喉にささった小骨のように引っかかって、掻きむしりたいほど取れなかった。
いつしか寝たふりは本当になっていて、意識が落ちる最後に聞いたのは、妹が扉を開けた、蝶番のギイと軋む音だけだった。
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