間話──23.5-7話──
エレベーターが、上昇していく。
沈黙に支配されたその箱の中で、男は再び口を開いた。
「まずは……君達にお礼を言っておこう。星見の魔女、君達がそうあだ名した彼女は、元々僕らの信徒でね。もっとも、僕が教団に入ったと同時に逃げ出したけど……うん、逃げ出した身内が生きていて、いいことなんて一つもないからね」
男の言葉は、最初のあの魔女を殺したことに対する礼だった。けれど……彼女にだって人生があり、尊厳があったはずだ。
それをなんとも思わない様子の男に、俺は呆れる他になかった。
「それで──どうして僕が魔女を作るか、だったか」
饒舌に喋る男の言葉に、俺はただ、答えることもせずに耳を傾ける。
「そもそも、魔女になるシステムはおかしいと思ったことはないか。魔力は生きていく間は消費され続ける……つまり、使った魔力は回復しないわけだけど、このシステムにはどうにも違和感がある。全ての生命体には親が存在する。回復はしないけれど、僕らは魔力を持った生命体を作り出すことができるんだ」
人間は、生まれた瞬間が最も魔力に富んだ状態。そこから生きる中で、怪我の回復などに段々と消費されていく。
そして、やがて魔力が尽きた時、人間は魔女になる。
小早川さんは、そう語っていた。
「他者を生み出す時にだけ発生する、魔力というエネルギー。なんとも、寿命と似たところがある」
男の言い分もわかる。
人間は出産して、寿命を伸ばせるわけではない。むしろ、出産には大きな体力を使い、どの動物も出産した分だけ寿命は削られる。
文鳥や昆虫は卵を産むと母体の寿命は削られ、長生きできないと聞いたことがある。
男の言っていることは、それに近いかもしれなかった。
「僕は考えたのさ。そのエネルギーを自分の内側に転用することで、人類に永劫の命を与えられるのではないか、とね」
「永劫の命──」
「君にもいるんじゃないか? もうすぐ魔力が尽きるけれど、なんとかして生きながらえさせたい人が」
小早川さんのことが、脳裏に過ぎった。
「一般人が魔力を知って、気づいた時にはもう遅い、なんてことはよくある話なんだ。随分と多くの人間が僕に縋ったよ。信徒達はその問題を解決するために、実験体に志願してくれたんだ」
だから、ああしてまぐわって──。
「君にも体液を分けてほしいんだ。魔女狩りというのは、実に興味深い。なんせ魔力が尽きているのに生きながらえているんだから」
その言葉は、確かにその通りだと思った。
もしも全ての人間が、俺と同じ体質を手にしたら。つまり、魔力がなくても生きていけるのであれば、魔女なんて存在させずに済む。
だが──。
「……よくもまあ、そんな淀んだ目で人のことを口説けるな」
「あはは。これは失敬」
そこまでするほど、俺はこの男を信用できない。どんな理由があろうと、人にあんなことをさせて、意図的に魔女を作り出すような存在だ。
なにより──。
「確かに、俺はあの子を生きながらえさせたい。けれど」
──あの時、彼女は俺に言ったのだ。
私を殺してくれないか。
人生を楽に、しかし満喫している彼女のその言葉は、悲壮な決意の現れだ。
それを裏切ることなんて、俺にはできない。
俺は、俺のために彼女を殺すわけじゃない。
……なら、どうして彼女を殺すのか──。
彼女の罪悪感のためか。
彼女が苦しいからなのか。
どちらも違う。そんなわけがない。
小早川奏は、世界をずっと愛してる。世界を力の限り守ってきたのだ。
魔女が人間を殺戮することで生きているが、彼女は人を殺すことを、望むわけがない。
だから──彼女の誇りを殺さないために、俺は彼女を殺すのだ。
「──俺は、彼女の覚悟を裏切れない」
「……そうか」
男は、どこか寂しそうに、そう言った。
エレベーターは、表示上の最上階の、さらに上に到着した。隠されたフロア、ということだろう。
中は、だだっ広い部屋だった。
その中心に、蠢く触手の入ったガラスの球体水槽が置かれている。ギチギチに詰まっていて、今にも割れて、溢れ出しそうだ。
そこに向かっていく中で、男はまた、口を開く。随分とおしゃべり好きなやつだ。
「魔術師というのは、魔術を利用した以上、いつか魔女になる。そういう意味では、すでに彼らは皆、罪人だと言える」
どこか沈痛な響きを持って、男は告解のような慟哭を続ける。
「けれど──生きていくことに罪はない。魔術を利用することでようやく生き延びられた命もあるし、生まれるものもあった。居場所を見つけられた者もいたし、念願を果たした者もあった」
男は、どこか優しい響きでそう言った。
その言葉はどこか、小早川さんに通じるものがある。
「君の協力一つで、彼らの罪をなかったことにできるかもしれない。自由に、憧れた魔術に手を伸ばせる世界が手に入るかもしれない。魔女にならない未来を得られるかもしれないんだ」
それは、夢を語る男の言葉だった。
淀んだ目は、無垢な眼の残り香を漂わせていた。
そう聞くと、男の野望はそう悪くないもののように思えてしまう。人命を尊ぶが故の行動であったことも想像がつく。
……けれど。
そこに至るまでに、犯したモノが多すぎた。
「そもそも魔女とだって、共存できるならそうしてる」
魔女の存在自体が罪なわけじゃない。
人間とは、ただ共存しようがない。相容れない。それだけの関係性だ。
目の前に現れた時に、自分が生きるためにはそれはただ、殺すしかないモノなのだ。
──そもそも。
どこかの人間に誰かを恨む気持ちが存在し得て、それが魔女の行動基準になる以上。
魔力補給という理由以上に、魔女は人間を殺すことに固執する。──ならば、俺たちはやはり相容れない。互いに殺し合うしか道がない。
俺の体液を使うとはつまり、意思を持ったまま魔女になるということで。それはそういうことになるのだ。
俺は……やっぱり、そういう人間だ。
男は、じっと俺を見た。それは、無言の問いかけだった。
フルフルと、最後の問いかけに、俺は首を横に振る。男はどうにも、理想を見すぎている。
「残念だよ。……君の血を以て、研究材料を得るとしよう!」
男はその言葉と同時に、球体に手を置いた。
──瞬間。
水槽が、爆ぜる。
中の触手は俺なんかには目もくれず、男の片腕を飲み込んだ。そして、そのまま固着した。男は、巨大になった片腕を重そうに振りかぶる。
短剣は置いてきてしまった。けれど……やれるか?
覚悟を決めた瞬間、大量の光の剣が飛来した。それは容赦なく、男に絡みついた触手と、男の肉体に突き刺さる。
男は顔だけは巨大な片腕で守ったが、全身に剣の刺さった状態で壁に磔になった。これは、小早川さんの魔術──?
「カハッ……なるほど、これは確かに、アズラーイールは強いらしい」
男はその状態で、俺の方に向き直った。
その目は真っ直ぐに、俺を捉えている。
「連盟は──魔女を抑制したいと願っているだろう。けれど、連盟が取ろうとしているその方法はただ一つ。そしてね、」
結界のナイフが飛来する。
男はそれに脳を刺されながら、呻いた。
「それ成功したのは、一度きりだ。……小早川奏を殺す前に、君は最大の悪を見るだろう」
そんな不吉な遺言を残して、その男は事切れた。
「……なんだい、随分と元気そうじゃないか」
小早川奏は、男と近江のその様子を透視しながら、そんな風に拗ねていた。
その表情は、耳まで真っ赤だった。
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