間話──23.5-6話──
──中には、思った通りの地獄が待っていた。この部屋には、上座と下座の概念があった。そして、金星の司祭はもっとも上座の、一段高いところにいるあの男だろう。その男は、訳の分からない紋章を前に、いつか見た修道服を纏う女とまぐわっていた。
それ以外にも、部屋の至る所で男と女がまぐわっている。薬でもキメてるのか、その表情は常人のものでもない。俺が入ったことにさえ誰も気づかないのだから、相当だ。
──小路を連れて来なくてよかった、と、本気で思った。
俺がその部屋に入ってからは、驚くほど事態はトントン拍子に進んだ。
「それで──お前らの親玉の居場所は?」
「は、話す! 話すから!」
一番上座の男は、俺に襟を掴まれて、オドオドしながらそう言った。根性もなく、あまりにも呆気ない。俺はため息吐き、そいつを、こっちをビビりながら見る他の信徒の方に投げ飛ばした。
小路の話では、信徒達は待機している連盟の魔術師が、魔術に関する記憶の消去を行うらしい。消す記憶量が多いから相当な苦痛を伴うし、廃人になるやつもいるのだとか。……それに対して、どうこういうつもりもない。
それは、魔女の抑制に繋がるから、というだけではない。コイツらがいなければ美原はあんなことにならなかったし、小早川さんも無駄に魔力を消耗せずに済んだのだ。……もっとも、そのどちらも、俺が言えたことではない。他でもない、俺自身が、彼女達に負担を強いたのだ。
やるせない気持ちになりながら、俺はその部屋を後にした。
「おかえりなさい」
「おう」
「それで……あの男の居場所は」
俺は小路の言葉に頷いて、俺たちの目から見える一点を指差した。
その場所は、星見の魔女が現れた駅に併設された高い建物。小早川さんと買い物に行った、あのデパートの最上階だ。
デパートに向かって歩いていく。その最中、小路は世間話のようになんとはない様子で口を開き始めた。
「金星は……元々、魔術を広める新興宗教である、という点は確かに我々の敵だったんです」
「他にもあるんだろ?」
小早川さんの口ぶりでは、魔術を使った新興宗教は案外多そうな様子だった。
──魔術は金になる。小早川さんの言葉は、魔術というある種の呪いと、人間が生きるのに避けては通れない問題が、嫌な形で絡みついていることを意味していた。
その繋がり方に、嫌な思いを抱くのは当然だ。金と宗教の問題は、如何とも根深い。魔術がそれらを繋ぐパイプの一つになっているのは、どうにも人間の業という他なかった。
「ええ。でも、金星は他のとは一段変わった特性を持っています。連盟が金星を危険視するのもそのためです」
「特性?」
俺の言葉に、小路は頷き、そして──口を開いた。
「金星はいつからか、魔術ではなく魔女と魔力を信仰の対象とし、同時に、その解明を主眼とするようになっていました。意図的な魔女の捕獲、隠匿、そして創造」
「──は?」
魔術を広める宗教を連盟が潰していたのは、魔術が人々の間で広まることによって魔女が発生するのを防ぐためだった。
魔女は、明らかな人類の脅威だ。それは今更言うまでもないことだ。
けれど──魔女を生み出すということ、それ自体が他の宗教で目的となっていたわけではない。
それに比べて、金星はなるほど、確かに連盟が危惧するのも無理はない存在だ。
それは、魔術の拡大だけじゃない。
人類に仇なす、その一点で、他とは比べ物にならない凶悪さを持ち合わせている。
「金星をそう作り替えたのが、今私たちが追っている男です。この男だけは、必ず、殺さなければならない」
ギリ、と。小路は奥歯を鳴らしながら、そう言った。
それに──ああ、例えばあの赤ん坊の魔女のように。苦しめられて魔女と化した子供や人がいたのなら。
それは到底、許しては、ならないことだ。
「……またここに来る羽目になったか」
この駅、駅前広場、それにデパートは、もう随分縁深い場所になってしまった。
都内の中心部からはちょっと外れた、こんなどこにでもあるような高架のプラットフォーム駅が、こんな魔性の巣窟になっているとは思わなかった。魔女が出る高校といい、どこの街でもこんな感じなのか、或いはこの街が特別なのだろうか。
……雨の魔女が巣窟にしていたのがこの街なんだから、この街は特別であってほしいな、とぼんやり思った。
夕暮れの中、俺と小路は、デパートの中に入っていった。そのままエレベーターを待っていると、隣にやせぎすの男が立った。見れば──あの男だ。
「僕を探しているんだろう?」
驚いて武器を構えようとする小路を制して、俺は静かに対話に応じた。
「ああ。──一つ、気になっていたんだ」
「なんだい?」
「お前。目的はなんだ。どうして魔女を作ろうとする」
「……ふむ。君、連盟じゃないね」
「ああ。けど、もう魔術からは逃れられない」
俺の言葉に、男は淀んだ笑みで、クスクスと笑った。
「なるほど……確かにそれは言えている。うん、合理的だ。逃れられないなら全力で立ち向かう方が、幾分ロスも少なくなるからね」
エレベーターが到着した。
しかし、俺と小路と男以外、誰も乗り込もうとはしない。魔術によってそうしているのは、明らかだ。
俺の視界の端にちらりと、金星の信者が映った。それとなく確認すると、十二十じゃ収まらない数の信者がいる。
「乗ろうか」
「……罠の可能性もありますよ」
俺が男の言葉に応じようとすると、小路は俺の袖を引いて引き留めてそう言った。
俺の身を案じてくれているのだろう。その様子に、ちょっとだけ温かい気持ちになった。
背後から、続々と信徒が押し寄せてきた。戻ってきてアレに一斉に刃を向けられたら、俺は間違いなく殺されてしまう。
「……アレは私が相手をします。後を追われても面倒ですし」
「わかった、俺は大丈夫だ。……罠だったら、その時はアイツを殺すだけだ」
その言葉に、男はまた、クスリと笑った。
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