間話──23.5-5話──

 俺の問いかけに、小路は驚いた顔をした。

 そして、少し困ったような表情をした。

「じゃあ……一つ、仕事を頼んでもいいでしょうか」

「ああ、俺にできることなら」

 俺の言葉に、小路はこくりと頷いた。

 そして。

「それなら明日、今日会った場所でまた会いましょう。……夜が更けすぎました、子供にはもう眠いです」

 ふわあ、と。

 大きなあくびをして、眠たげにトロンとした目で、そう言った。


 翌日。昨夜の夜更かしもあって学校に行く気も起きず、そのまま夜になってしまった。約束通り、深夜の路上に俺と小路は再会すると、そのまま公園に場所を移して、ベンチに二人並んで座る。

「……警察とか、大丈夫かな」

「ああ、問題ないです。貴方にはわからないでしょうけど、普通の人の目には私は大人に映っているので」

 魔術の力だろう。俺に効果がないあたり、美原のような物理的な光の屈折ではなく、相手の認識をズラす魔術だろうか。……こっちの方が、応用も効きそうなものだ。

 まあなんにせよ、補導や逮捕されないならば、それでいい。

「……それで、仕事って?」

「ああ、そうでしたね」

 ……そうでしたねって。

 まるで小路にとって、さほど重要でもないことのようだ。

「……その、"ベイリー"には内緒にして欲しいんですけど」

「なんだ、言ってみろ」

 昨日の怯え方とはまた少し違う様子で、おずおずとした小路に言葉を促す。身長差や年齢差もあって、なんだかもう一人の妹みたいだ。

「貴方達が、金星のアジトを壊滅させた日、魔術師連盟は何人かその手伝いとして殲滅作戦に参加させていたんです」

 金星……確か、赤ん坊の魔女の時にも出てきていた、あの邪教の暗号だ。そうか、アイツら金星か。……我が身ながら、ほとほと呆れる。素性の知らない相手をボコボコにしていたことに、笑いを通り越して、なんだか情けなくて涙が出そうだった。

 魔術師連盟から手伝いが来ていたのは知っている。小早川さんも言っていたし……あの狼も、そのうちの一人だったに違いない。

「けど、昨日残党に襲撃されたでしょう?」

「ああ、なるほど。つまり、取り逃がしたんだな?」

 俺の言葉に、小路はふるふると顔を横に振った。

「取り逃がしただけならいいんですけど……その中に、金星を牛耳っていた男も混ざっていて……」

「ザルすぎない?」

 思わず、突っ込んでいた。

 金星を牛耳っていたってことはつまり、幹部格とか、そういうかなり上位の存在ってことだろう。

「ちなみに、なんで取り逃がしたんだよ?」

「……そのぅ、あのアジト、ベイリーと"狼"さんが同じ場所にいらっしゃったじゃないですか……みんな入りづらくて……」

「なにやってんだよ!?」

 どうやらあの"狼"は、役職だけじゃなくコードネームも"狼"らしい。ややこしかったりしないのだろうか。それとも、"狼"の第一席はその役職の名前を得られるとか、そういう伝統みたいなものでもあったりするのだろうか。

 小早川さんの話だと狼を操るという魔術だから、どの可能性もあり得そうだった。

 というか、問題はそこじゃない。

 言いたいことは分かるけれども、それはどうなんだろうか。共感はできるけど、とてもじゃないけど理解はできない。

「しょ、しょうがないんです。魔術師はストレスを極端に嫌うんです」

 魔力が精神エネルギーであり、命でもある彼らからしたら、確かにストレスは天敵だろう。……けど、にしたって限度がある。

 言い訳するように言った小路の言葉に、俺は呆れるしかなかった。

 そうして俺は、小早川さんと狼との関係を邪推してしまう自分のモヤモヤから、なんとか目を逸らしていた。

「あっ! おい、いたぞ!」

 不意に、大声でこちらを指す声が響いた。

 昨日と同じ。金星の襲撃者だ。

「……またぞろぞろと」

 立ちあがろうとした俺を小路は制して立ち上がると、その体格とは不釣り合いな戦斧を出現させた。

「ここは私に任せてください」

 昨日の俺よりよっぽど誤って殺しかねない武器だが、大丈夫なのだろうか。


「くっ……くそっ! 撤退!」

「魔術を使わないなら私達は見逃しますからね!」

 昨日とは違い、圧倒的な力の差に、金星はすぐに退散していった。

「それで……どうでした?」

「ああ……見事だったよ」

 俺の言葉に、どこか鼻が高い様子だけれど、ちょっと照れくさそうにもしていた。

 けれど本当に、その小さな体躯で巨大な斧を華麗に振り回す様は見事で、見惚れてしまうほどだ。斧で峰打ちなんて器用な真似もするくらいだし……正直に言えば、美原よりも実力はありそうだった。

「それで、その男はどこにいるんだ?」

「それが……どこにいるかも」

「おいおい……」

 ザルというか、そんな言葉では許されない。ちゃんとした組織だと思っていたのに、話せば話すだけ好感度が下がっていく。

 これでは、狼が相棒を外されたのさえ適正かどうか疑わしい。

「だったら、アイツら逃さないほうがよかったんじゃないか?」

「それが……私が探している男は、非常に念入りに痕跡を消しているんです。一般の信徒たちの前には姿さえ現さなくて……名前や噂はありますが、どこにいるかもわからないんです。前回の殲滅作戦も、その男が魔女の実験結果を確認する場であるとの情報を耳にして行ったものです」

 その言葉は、どこか雨の魔女を彷彿とさせた。雨の魔女の隠匿性はかなりのものだった。今回のソレも、同じくらい姿を隠すのが上手い相手ということだろう。

「他の蝙蝠の報告で、写真だけは入手しました」

 一応見せられて確認するも、当然ながら知らない男が写っているだけだ。

 見た目の印象は、メガネの優男だ。しかしその裏に腹黒いものを抱えていると言われると、なんだか妙に納得してしまう。神経質そうな目の隈がそう思わせるのかもしれない。

「……しょうがない。取れる手はそう多くはないけど、ま、やってくしかないだろ」

「……そうですね。連盟の方でも監視網を強化しておきます」

「ああ」

 小路の言葉に頷いた。流石にそれくらいはできてもらわなきゃ困る。

「それで、どうやって探しますか?」

 こういう探し物っていうのは、美原の得意分野だ。けれど彼女と連絡が取れない以上は仕方がない。俺にやれることなんて、そう多くはないのだから。

「連盟の方でも作戦は用意してますが」

「……一応聞こうか」

 ここまであまりにグッダグダだから、そろそろ名誉挽回してほしいところだ。


「……これで本当に上手くいくんですかね?」

「しっ……やるしかないだろ」

 懐疑的な小路に、ジェスチャーで制する。

 連盟が取った手段。それは、金星の信徒を利用する方法だった。俺たちが潰したビルは金星の運営本部であるらしいが、その地下はミサを行う集会場の意味も兼ねていた。

 それこそミサのように、彼らにとって、実際に対面して儀礼を行うことが重要な意味を持つのだろう。

 金星の信徒は、金光先輩と同じブレスレットを身につけている。その多くはあの時死んでしまったが、その残党は探してみれば存外見つかった。あの殲滅作戦も、信徒全てを殺し尽くすのが目的ではなかったのだろう。信徒全てを殺そうという意気込みならもっと徹底的にやっていただろうし、取り逃がすなんてヘマはやるまい。

 信徒を尾行すると、彼らは一つの古いビルに入っていった。規模感やビルの新しさは前回殲滅したビルとは比較にならないが、仮の拠点か、或いは古い拠点といったところだろうか。

 末端の信徒には分からなくても、ミサを主導する司祭のような役割をするクラスになれば、男のことを知っているかもしれない。

「お前はここで待ってろ」

「え……でも」

「いいから」

 この中が以前のような淫獄だとしたら、そして、俺がこれからしようとしていることを考えると……とてもじゃないが小路を中には入れたくなかった。

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