間話
翌日、俺はまた小早川さんに連れられて、駅前広場に来ていた。
「美原にプレゼント?」
「うん、彼女、アレからちょっと落ち込んでるだろう?」
「ああ、まあ──」
彼女らに金星と呼ばれていた連中が連れていた魔女。あのウサ耳の赤ん坊。
アレは確かに、元気をなくすような光景だった。実際、美原は発見した時からずっと、青い顔をしていたし。
しかも、俺と(おそらくは小早川さんとも)違って、かなり普通の──言葉を選ばなければ、正常に近い感覚の持ち主である美原からしたら、尚更ショッキングな光景だろう。
……赤ん坊の、魔女。
それは果たして、どんな意味を持つのだろう。
魔女の、知性がないという性質を考えると、あの魔女はある意味で自然な姿な気はした。
「魔女というのは、なりたい姿を描くと言われているよ。あの魔女は生前、赤ん坊になりたかったか……或いは、そうなりたいと願わざるを得なかったのかな」
小早川さんはデパートに行く道すがら、そんなことを言っていた。
どうしたら、赤ん坊に戻りたいと考えるのだろう。赤ん坊になりたい、だったり、胎内に帰りたいという欲求自体は聞いたことがある。
けれど、あの姿は、ちょっとだけ違う気がする。むしろ、そういう嗜好からは離れた位置にある願いがあの魔女の姿をああしたのではないだろうか。
例えば、子供であれば、そんなことを願うのかもしれない。けれどだとすると今度は、子供が魔力を使い切って魔女になった、という部分に問題が生じる。──そんなことが、許されていいのか?
魔女の討伐は、肉体的にも精神的にも負担のかかる仕事だ。なんせ、知性がないとはいえ、相手は人の形をした生き物だ。それを、強要されたとして、果たして子供が達成できるのだろうか。それとも、それを強要されたとして──強要した人間は、どんな極悪人だろう。
或いは、魔女の討伐で魔力を使っていないとしたら。魔力量にはある程度個人差があるとはいえ、いったいどれほど魔術を酷使すれば、魔女になってしまうのだろう。
例えば、最初に魔女になったあの占い師。彼女は……10代後半とも、30代前半とも見える女性だった。けど、あの長蛇の列を見ると、相当無理して魔術を行使していたのではないだろうか。
あの赤ん坊の魔女が、仮に赤ん坊の頃に戻りたいと願うような……或いは、愛されている赤ん坊をどこかで垣間見て、自分もそうなりたいと、そうされたいと願ってしまうような境遇に置かれていた子供だとしたら。
どれだけ、魔術を使わざるを得ない境遇に置かれて、傷つけられていたのだろう。
……息を。長く長く、息を、吐いた。
考えたって、結局、その答えはわからないままだ。
そうこうしているうちに、やがて俺たちはデパートにたどり着いた。高架駅の駅前広場──以前、星見の魔女との戦場になったばかりの場所だが、あまり散らかっている様子はない。戦場になったとは思えないほどだ。
「道路や建築物の修復は、専門の魔術師がいてね。あまりに大規模だったら裏工作で事故とかテロってことにするんだけど、これくらいだったら魔術で直してそのまま何もなかったことにしちゃうんだよ」
とは、小早川さんの言葉だ。様々な魔術を使える人材が連盟にはいるらしい。美原もその一員であることを考えると、その多様さは目を見張るものがあると言っていいだろう。なんせアイツの魔術は、幻術とトカゲの使役だし。……星見の魔女との戦いの時こそ戦力になっていたが、トカゲの使役ってなんの役に立つんだろう?
美原がどういう経緯でトカゲの使役魔術なんてものを獲得するのに至ったのかは、ちょっと気になるところだ。
入り口の自動ドアが開くと同時に、涼しい風が俺たちを吹き抜けた。
「ふぅ……」
今度は、安堵で息を吐いていた。
暑くて湿った、塊のような、ジメりとした外の空気が取り払われる。涼しくて乾いた、快適な空気が俺たちを迎えてくれた。
「……で、何を買いたいんだ?」
「んー……何がいいかわかんないんだよね。何かしてあげたい、とは思うんだけど」
「おいおい……」
ノープランかよ、と突っ込みたい気持ちも山々な中で、入り口のポップアップストアが目についた。
「食器……ありかもな」
「ふむ? 確かに、家事とか色々やってくれてるからね」
「どうせなら、お揃いの物とかプレゼントしたら喜ぶんじゃないか? 折角の相棒だし、一緒に生活してるわけだし」
「お揃い、か……嫌がられないかな」
「まさか。そんなタマじゃないだろ」
女の子の内心なんて中々読みづらいし、よくわからない物だ。けれど……それを無駄に怖がってもしょうがない。
それに、美原は表立って対立するようなことを言うようなタイプでもないだろう。
……そもそも、美原は小早川さんのことを嫌いではないだろう。それは流石に、二人のやり取りを見ていれば分かる。
美原は小早川さんに引け目こそ感じているが、それは劣等感や嫉妬というよりは羨望といった感情が近い。そんな相手から贈られるお揃いの品が、どうして嫌なことがあるだろう。
「……そっか。でも、どうしようかな。お茶碗は既にあるし……」
「……コレとかどうだ?」
小早川さんは納得してくれた様子で、少し考えながら、ラックを物色し始めた。確かに、皿や茶碗なんかはもう既にあの部屋にある。
何がいいのだろう。考えながらその隣に立った時、俺は塗り箸が一際目についた。
赤、青のセットの塗り箸だ。普通は夫婦とかそういう枠組みの中で使う物かもしれないが、まあ、こういうのも悪くない。
箸なんて、幾らあってもいいものだし。
「お、いいね。んー……じゃあコレも追加で買っちゃおうかな」
小早川さんはそう言うと、その隣から黄色い塗り箸を取り出した。
「三色?」
「何言ってるのさ」
予期せぬ三つ目に戸惑っていると、小早川さんは飄々とした態度で、しかしどこか笑いながら、俺にそれを手渡した。
「お揃いなら、君もだよ」
──その言葉に、俺は一瞬拍子抜けしてしまった。そして、ジンと胸が温まっていく感じがした。こんな単純なことで、しかし俺の心は、ポカポカとしてしまう。
「…………そっ……か」
思わず、それを愛しい気持ちで見つめてしまった。それは、そのグループに受け入れられていることの何よりの証左だった。
ああ、なら──その温かさに、報いねばなるまい。
「────ありがとう」
最大限の感謝を、君に。
俺は自然と溢れる笑顔をそのままに、小早川さんに感謝を込めて笑いかけた。
小早川さんは、そんな俺を見て……照れてしまったのか、顔をちょっと赤ながら、ふいと顔を背けてしまった。
「ただいまー」
「戻ったよ」
買い物を済ませ、小早川さんの家に二人で帰ると……なんだか、爽やかな風が吹き抜けているようだった。
和室の畳の上には、座禅を組んで瞑想をしている美原がいた。その全身は、心なしか青白く光っているような気がする。
ジャージ姿に、髪を後ろで結っている。体育は男女別だし、基本彼女は制服にカーディガン、ストレートロングのガーリースタイルだ。普段とは違うスポーティな姿に、思わずドキリとさせられてしまう。
「アレは?」
「魔力を体内に循環させているのさ。主な効能として、身体能力を上げる効果がある。あの修練が基礎戦闘力の増強に一役買うのは間違いないよ」
「なるほど……」
身体強化の魔術とか、言うなればそんな感じだろう。全身が青白く光るのは、魔力の光だろうか。
そんなことを思いながら、不用意に近づいた、その瞬間──美原はバチリと目を覚まして、どこからかナイフを取り出した。
それは俺の首元に突きつけられるが、状況を把握しきれていないのか、美原はパチパチと瞬きをしている。
「……あ、あれ? 変だなあ。……わ、えと、ごめんね! おかえり!」
「いや、こっちこそすまない」
何が変なんだろうか。
そう思いながら、俺はナイフから一歩距離を取った。
「だいぶ集中してたね?」
「あ、奏ちゃんも! おかえり」
「ただいま。……ナイフの訓練もしてたのかい?」
「えと、そのお……うん……」
どこか気まずそうに、美原はそう答えた。
小早川さんに怒られると思ったのだろうか。それを推察したのかしてないのか、小早川さんは柔らかい笑みを浮かべていた。
「鍛錬は良いことだけど、休憩にしよう。気づかないぐらいの極限状態に入ってたんだ、疲れてるだろう。甘いものでもどうだい?」
そう言って彼女はビニール袋から、シュークリームの入った箱と、買った箸を取り出し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます