第13話

「近江くん、ついてきてくれるかい?」

 さらに翌日の放課後、いつものように席で入り口が空くのを待っていると、小早川さんに突然誘われた。

「……どこに?」

「まあ、ついて来れば分かるよ」

 小早川さんのそんな言葉に嫌なものを覚えながら、立ち上がった彼女に俺もついていくことにした。どうやら彼女の辞書には、報連相という言葉はないらしい。

 半ば強引に連れられていくと、小早川さんは階段を登り始めた。どうやら今日は学校の中で何かあるらしい。……この間言ってた件だろうか。

「……いた。ほら、あの子だよ」

 小早川さんの指差す先にいたのは、明るい髪色の女の子だった。いわばギャルといった感じで、最近染め上げたのだろうか、色落ちしていない綺麗な金髪が印象的だ。

 小早川さんがわざわざ俺を呼ぶということは、魔術関連だろう。……確かに、魔術とは言わないまでも、彼女は手首に数珠のブレスレットしている。パッと見は新興宗教や宗教詐欺に引っ掛かったようにしか見えない。

「恋愛占いが当たったり、言う通りにすると金運がアップすると学校で噂の金光先輩だ。そろそろ集会の時間だから、尾行して尻尾を掴む」

「今回も中々いない、本物ってヤツってことか?」

「うん、そういうことだね。魔女を生み出す病巣だよ」

 明らかに嫌悪の表情で、小早川さんはそう言った。確かに、魔術や魔力を使うと魔女になってしまうというなら、その魔術を広める本物の占い師や魔術師というのは小早川さんたちにとって明確な脅威だろう。その目的が金稼ぎというのなら、彼女の苦々しい表情も納得だった。

 それを理性を持って行なっている分、理解しながらやっているだけ、彼女の討伐目標である雨の魔女よりも悪質なのかもしれなかった。

「……なんでそんなことするんだろうな」

「知らないよ」

 俺の言葉に、小早川さんは吐き捨てるように言う。それから、少しだけ言葉を溜めて、

「……魔術は金になるんだよ」

 と、苦虫を潰すような顔でそう言った。水商売と似たようなものかもしれない。心身を犠牲にしてでも、人間にとっては無から有を生み出せる。それでいて尚且つ、一定の需要を持つ。……俺にとってもその需要があったことに、少しだけ苦い気持ちになった。魔術とか、そういうものへの興味が人間には拭えない。それが、少しだけ恨めしかった。

「移動するようだ」

 彼女はそう言って、指をパチンと鳴らした。

「私が見えてるかい?」

 うっすらと見えづらくなってはいる。色素が落ちて透明に近づいた感じだろうか。気を抜くと見失ってしまいそうだが、今は目視できている。彼女の言葉にコクリと頷くと、彼女は

「呆れた。魔力がないって言うのは、私よりもよっぽどデタラメなんだね。あらゆる魔術を無効化出来る素質があるらしい。……君には必要ないよ、穏形の魔術は。元々気づかれにくいからね、多少身を隠しながら行けば問題ないさ」

 と、若干棘のある口調でそう言った。俺、何かしたんだろうか。彼女に関して言えば、思い当たる節はあんまりなかった。

 彼女の言う通り(普段から影が薄い方ではあるとはいえ)、まったく気づかれることなく金光先輩の尾行はつつがなく進んでいく。

 ここまで気づかれないと、流石にちょっと寂しくなってくる。自分の隠れた才能に複雑な心境でいると、小さい動くものが目についた。

「……トカゲ?」

 その金光先輩を追っているのは俺だけではなかった。

 茶色をしていて見えにくいし、何やら魔術の影響か靄もかかっているが、小さなトカゲが音も出さずに忙しなく足を動かして、金光先輩を追っていた。多少見えづらいものの、かろうじて視認できるくらいの見た目をしている。

「あれは美原の使役するトカゲのうちの一種だよ。彼女は他にも、幻術にも長ける。……君にはわからないだろうけど、光学迷彩のような魔術がかかっているんだ。普通の人にはあのトカゲは見つけられない」

 確かに最初に魔女と戦っていた時も、美原はトカゲを連れていた。戦闘で使われていたあの一匹だけではなく、いくらか用途に分けて使役しているということだろう。

 そんな風に考えていると、金光先輩はなんてことのないオフィスビルの一つに入っていった。トカゲは何があったのか、入るのをたじろいでいる。

「……私たちなら魔力センサーに引っかからずに入れるはずさ。『こちらベイリー、これより正面より潜入作戦を開始する。オーバー』」

 なるほど、センサーが働いているからトカゲが入らなかったのか。

 俺が納得していると、小早川さんはこめかみを指で押さえながらそう言い、少し待って立ち上がった。おそらくは念話のようなものだろう、と推測して、俺は彼女の後に続いた。……ベイリーというのは、コードネームか何かだろうか。

 古ぼけたビルの中に入ると、薄暗い、けれど白い廊下に繋がっていた。管理人は管理人室に居らず、それがより一層この建物の異質さを際立たせる。その景色に気後れしていると、小早川さんが耳打ちしてきた。

「……どうやらこの建物全体が魔術による保護を受けている。君はともかく、私はその魔術をズタズタに切り裂いて進むことになる。バレるのは時間の問題だと思ってくれたまえ。とはいえ君だけに任せるわけにもいかないし、私以外の魔術師であれば入った瞬間に勘付かれてしまうからね。……地下だな。上層はおそらくカモフラージュ、信徒達が一般人のフリをしているだけだ」

 彼女のそんな言葉に頷きながら、廊下の突き当たり、曲がり角まで来て様子を伺おうとした時。不意に、ジュボッという何やら点火したような音が聞こえてくる。それに乗せて、会話も聞こえてきた。

「聞いたかあの話。……逃げ出した魔女、捕獲しようとした信者ごと死んだんだとよ」

「連盟の仕業か?」

「世にも珍しい赤ん坊の魔女だったってのによぉ。被験体のガキは相当赤ん坊の頃が良かったらしい。……まあ、攫われてあんな目にありゃあそうなるか」

 角を挟んだ反対側から、嗅いだ事のない青臭い煙と、その言葉が届くと同時。二人の男が、俺たちの目前に不用意に踏み出した。小早川さんは素早く反応し、音もなく陰から二人に飛びかかる。

 一人の顎を殴って脳を揺らし、流れるように後ろ回し蹴りがもう一人の鳩尾に突き刺さる。

 トドメとばかりに、顎を殴られた男の股間を思いっきり蹴り上げた。

 戦闘自体は、不意打ちだったのもあって一瞬の攻防。その結果は小早川さんの圧勝と言ってよかった。けれど──こんな不意の会敵が、また次いつくるとも限らない、出くわすものはほぼ全てが敵なのだ。しかも小早川さんは魔術の使用にリスクが伴う状況ときた。俺の心音は、段々と高まっていく。

 その二人の出てきた先。重苦しい重厚な扉が、そこにあった。装飾もない無骨な扉。どこにでもある、ありふれたもののはずなのに、その扉は、まるで地獄の門だった。

 考えるその門は、きっと俺に問うのだろう。──その門の奥に進むことを、躊躇する。

 誰かを殺したことなどない。──けれど誰かを裏切ることは、この門の奥では赦されない。

 ダンテが語る地獄の世界は、そういった場所なのだ。

 冷たい空気と、陰気と、殺意が門越しに既に漏れている。明らかにその奥は、きっと地獄。

 門とは境界だ。踏み入る先は、死者と罪禍と地獄のみ。

「大丈夫、私がついてる」

 小早川さんは俺に微笑みかけながら、安心させるようににっこりと笑ってそう言った。そして、ギイと嫌な音を鳴らす金属扉を開ける。──その先は、明らかに様相が変わっていた。

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