第27話

「ちょっと散歩でもしようか」

 彼女の言葉に俺は頷いて、二人で国営の大きな公園に向かった。入口のカフェでコーヒーを買って中に入る。

 広い公園の内部では、まだ幼稚園に入る前の2、3歳くらいの子供たちが楽しそうに走っていて、母親はそれを心配そうに追いかけている。

 それを慈しむように眺める小早川さんの姿は、とてもじゃないが世界を恨んでいるようには見えない。

「……小早川さんは」

「ん?」

「自分が死ぬのを理不尽だと、許せないと……そんな風には思わないのか?」

 俺の言葉に、小早川さんは憎めない人間を見るような、そんな優しい目をしていた。

「……思わないよ」

 どうして、彼女を殺す俺の方が、こんなに苦しい思いをしているのだろう。

 どうしたら、この事実を認められるのだろう。小早川さんのように、受け入れられるのだろう。

 そんな思いが言葉になった質問も、小早川さんは優しく受け入れる。

「……魔術というのはね」

 ポツリと。小早川さんは呟くように、語り始めた。

「かつて、人間が悪魔と契約して与えられたものなんだ」

 だから魔術師は魔女という怪物になるのだと、小早川さんは笑って言った。

 ──けれど、それでも尚。人間は魔術の光に憧れ続けてしまった。

 それが罪で、魔女化するのは罰なのだと、そう言って笑う。

 ドン、と、背後から何かがぶつかってきた。

 振り返ると、小さい子供が不安そうに俺を見上げていた。

 近くで友達か、兄弟らしき子供が遠巻きにこっちを眺めている。

「もう! だからちゃんと前を向きなさいむて言ったのに! ごめんなさい!」

「いや……大丈夫です」

 母親らしき人が謝ってきて、そのまま二人の子供の手を引いて離れていく。

 小早川さんは、それさえも愛おしそうに見つめていた。

 ……そうか。

 彼女にとって、魔女になるのはある種の自業自得なのだ。

 もちろん、根本的な原因は世界のシステムとか、人体の神秘とかそういう、人間には想像もつかないような壮大なものなのだろう。

 けれど彼女の頭の中にあるのは、魔術を諦めきれなかった自分への罰なのだと、そういう感覚だけだった。

 その感覚の宛先は、自分だけではない。

 きっと、魔術師そのものに対して、彼女はそんなふうに思っている。

 キリスト教にとっての原罪ではない。もっと独善的で、具体的な罪の話。

 つまり、魔術とは。彼女にとって罪なのだ。

 ……ああ、そうか。だから、彼女の力は。

「……反魔術アンチ・マジック

 魔術は心を形にするもの。

 魔術への拒絶、そして魔術師や人間の抱える、拒絶しきれない羨望。

 それが形になったのが、小早川奏という魔術師なのだ。

 小早川さんは、少しだけ悲しそうに、笑って見せた。

 小早川さんの視線が、公園に戻る。

 公園を駆ける子供を。心配そうに見守る母親を。木の上で囀る鳥を。光を反射する水面を。赤々と萌ゆる椿を。青々と茂る木を。

 そこに満ちる生を、命を。彼女は愛おしそうに、眺めていた。

 彼女は魔女になると分かっていながら、それでも拒絶したい魔術まで使って世界を守ってしまう。それくらい世界を愛しているのだろう。

 なんとなくスッキリしたような感覚があった。

 そして、納得もあった。

 ……やっぱり、人の死に意味はある。

 だってこんなにも、世界が生で満ちているのだから。


「最後に、君に会わせたい人がいるんだ」

 デートももうすぐお開きという夕方ごろ。小早川さんはそう言って、俺を初めて魔女と戦った時のカフェに案内した。二人で甘いものを楽しみながら暫く待っていると──おそらく小早川さんが言っていた、老獪な老人──俺のお祖父様がやって来た。

「お祖父様!?」

「……魔女と関わったのか」

 なんで、どうして、と尋ねたかった。けれどお祖父様は、現れるや否や、震える声色でそう尋ねて来た。

 周囲を見渡すが……追求から逃れる方法もなく、観念してコクリと頷く。

 魔女に関わるな──そうだ、確かにお祖父様はそう言っていて、それでも俺はそれを無視して小早川さんたちと一緒にいた。

 罰があるならば受けよう。

 叱責も甘んじて受け入れよう。

 そう思っていたのに──お祖父様は震えるばかりで、何も口に出さない。

 暫くして、ようやく整理がついたのか、ゆっくりと「ついてきなさい」とだけ言った。

 この前みたいに拒絶できなかったのは、あんな映画と、あんな景色を見てしまったからかもしれなかった。

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