第28話

 小早川さんと一緒にお祖父様についてしばらく行くと、いわゆるお屋敷についた。

「……学校の近くにこんな建物があるなんて知らなかった」

「興味も持たれないような工夫をしているのかもしれないよ。例えばマジシャンが魔術を使わないように……魔術としてしか認識できない、それど魔力を用いてないものは、結構存在しているものだよ。例えば石兵八陣、とかね」

 そんな会話をしながら、お祖父様に案内されるまま別室の御座に正座した。部屋に入る直前、小早川さんは中居さんに別室に案内される。自然と、一対一で戦わなければならない孤独な戦場になるが──それでも、なんとなく大丈夫な、そんな気がした。

「……ふむ。さて何から話そうか……そうだな、お前は何度戦った」

「……魔女と、ですか? それならば……今まで黙っていましたが、俺は5回、魔女の討伐に参加しています」

 その言葉に、お祖父様はこくりと頷く。本当のことを正直に話したのが功を奏したらしい。

「ふむ。お主は父と母のことは覚えておるか」

「……親父のことは。母親は、あんまり」

「そうか。ワシの苗字は、母の旧姓はわかるか?」

「藤間ですよね」

「そうじゃ。魔を討伐する討魔が転じたもの。お主の母親は──ワシもそうだが、優秀な魔女狩りじゃった」

「魔女狩り?」

「うむ。お主やワシのように、生まれつき魔力を持たないものは、魔女と戦っても魔女に堕ちることはなく、魔女や他者を狩るのに抵抗も少ない。故に魔女と戦ってきた。……否、生まれつきの魔女とも言える。血脈によって受け継がれてきたそれを、古来より魔女狩りと呼び、起源は連盟よりも古い。雨の魔女によって魔女の大量発生が起こってからは、人員を確保できる魔術師にその役割を譲っておったが──魔女の討伐と魔術師の間引きは、元来ワシらの生業だった。それも、ワシの代で……否、娘の代で途切れたがな。だからお主は身体能力が高い」

 それで、討魔。……そうか、"雨の月に魔女が出る"とは、母さんの言葉だったのか。

「父親は連盟の魔術師だった。魔女狩りの血を引くお主らが連盟の内部抗争に巻き込まれぬように匿いながら、お主らを育てて来た。……もっとも五年前、雨の魔女に殺されたがな」

「……ちょっと待ってくれ」

 あの親父が、俺達を守っていた? ……嘘だ、そんなの嘘だと言ってくれ。

「親父が? 俺たちを?」

「……そうだ」

 突きつけられたその言葉に、俺は失望を禁じ得なかった。その失望は、誰にでもなく──。

「俺は……俺は、あの人の葬式で泣くことさえできなかったんだぞ」

 ──自分に向けたものだった。

「うむ。魔女狩りの宿命ではあるがな」

 悲嘆に暮れた俺の言葉を、お祖父様は肯定した。

 あの父親は、酒浸りのダメな人間だったのは確かだ。

 それでも、父親が死んだ時、妹は泣いていた。泣くことができていた。その時初めて、家族が死んだら泣くものなのだと知ることができたんだ。

 勘違いをしていた。……俺はやはり心が欠陥しているのだ。

 思わず自分を憎んで、胸をぎゅっと握った。

 あの人は、俺にとって本当は大恩ある人で。

 表面だけ見て、衝動だけで、そんな人が死んでも涙一つ流せない。

 俺は本当に、酷いヤツだ。

 苦しさが加速する中、お祖父様はポツリと呟いた。

「……酷い父親だったのは間違いない。だが、愛してもいたのは間違いなかろうよ。恨まんでやってくれ、とは言わないが……許してやれ」

 その言葉に、俺は少しだけ目頭が熱くなった。

 あの人のいいところなんか、全く知らなかったのに、死んでからこんな風に聞くことになるなんて。……あの人を嫌い、非難ばっかりしていた、そんな自分が悔しかった。

 溢れる熱をそのままにしていると、襖がノックされた。

「……話はできた?」

「小早川さん……」

 襖を開けて、隣室から彼女は現れた。

 今回のお祖父様との会話も、彼女が仕組んだものだろう。

 そうでもされなければ、分からなかった。

 お祖父様が、意外と家族思いなこと。俺の父親が、俺達を愛してくれていたってこと。

 ……ああ、また一つ恩が増えてしまった。俺はこの人には、本当に──

「……ありがとう」

 ──敵わない。もう、頭が上がらない。

「いいんだよ。……決心はできた?」

 彼女が今日という日を用意したのは、やっぱりそのためだったのだ。

 分かってはいたし、覚悟もしていた。けれど少しだけ、その打算が悲しくなる。……それでも、それだけじゃないことを、俺はもう知っている。彼女は美しくて、優しくて。そして実は、捻くれ者だ。

「あと一日、時間をくれ」

「分かった。……明日もう一度、答えを聞くよ」

 その言葉は、俺には別の選択肢もあるのだと、そう言っているようだった。

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