第25話
いつのまに仲良くなったのか、妹は3人分のお茶を出した後、小早川さんの隣に座った。自然と、リビングの机で二人に一人で向き合うことになる。考えてみれば俺はいつもこうやって、一人の側に立っている気がする。まあ、基本的に俺が怒られる側だから当然なのだが。泣きそう。
「それで……申し開きはあるかい?」
「……なんもございません」
「君が居なくて寂しかったんだぞぅ。知っての通り私も学校じゃ浮く方だし、美原はいないし」
それは、本当にそうだ。そこまで配慮が回らなかった俺の方に問題があると言わざるを得ない。孤独を、孤高を楽しめるなんてそんな風に都合よく解釈していたが──自分もそうだが、普段一人でも寂しい時は寂しいものだ。
しかし同時に、わざとらしく拗ねて見せた小早川さんの言葉に、俺は失望もした。五日も学校にいなければ、美原が戻ってくるんじゃないかって、そんな幽かな希望に縋っていた。
けれど結果は最悪で、未だに俺の理解者は、共犯者はそこには存在しない。
「……戻ってきてないのか」
「なに兄さん、好きな人が学校に来なくなったからサボってたの? こんなに美人な人が心配して家まで来てくれるっていうのに、兄さんってばワガママ」
「……違う」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を弄ろうとする妹に、ある種の冷徹さ、冷血さを持って否定する。美原とはそんな関係じゃない。今この場では、それをなおさら強く主張しなければならなかった。
……いや,そんなことはどうでもいい。
「本題はそこじゃないだろ。……小早川さん、どうしてウチに?」
「どうしてって……」
小早川さんはキョトンとした顔で、俺の言葉に呆けた。妹まで、うわマジかこいつ、と言わんばかりの目で見ている。
「さっきも言ったろ? 暫く見てないから、君のことが心配だったんだよ」
「兄さん……それはどうかと思う」
妹の苦言を無視して、俺は口を開いた。
「……君を殺す人が居なくなるから心配だったのか?」
俺の言葉に、今度は妹の方が何のことか分からずキョトンとした顔をした。
逆に小早川さんの方は、何を言われたのか瞬時に理解して、怒っている。涙で瞳を潤ませて、一心に俺を見つめていた。当然だ、怒られてもしょうがないほどのことを言っている自覚はある。されど、それでも確認しなければならなかった。俺と彼女の関係は、処刑人と咎人なのか、それともそうじゃない他の何かなのか。
……俺が学校に行ってない間、小路やラファエルと話して、考えたことで得たものが正しいのか。……果たして俺は、本当に小早川さんを見れていたのか。
確かめなければならない気がした。
「意地悪な質問をするんだね。君が考える可能性、そのどれでもあると思うよ。……そもそも人間の行動原理なんて、一つとは限らない……だろ?」
そんな俺の意図は、少女の掌で哲学によって容易く弄ばれた。
ああ、確かにその通りだ。
けれど俺が聞きたいのは、そういうことじゃなかったのだ。
……彼女の本心は、いつにも増してよく分からなかった。
「ちょっと兄さん! なんかよく分かんないけど、酷いこと言ったのは分かる! 小早川さんに謝って!」
「……そうだな、すまなかった」
「構わないよ。人間の心はなるほど、複雑怪奇なものだからね。とはいえ、そうだな……言葉一つで手打ちにするのは勿体無い。いくつか付き合ってよ。明日10時に迎えに来るから」
「……わかった」
……もしかして、デートに誘われてる。お誘いはありがたいが、俺、一週間休んでるんだけど学校の出席大丈夫かな、と会話の最中、そんな的外れな心配をしていた。
「さて、それじゃあ近江くんの顔も見れたし、お暇しようとするかな」
「えー! 帰っちゃうんですか!? 晩御飯作るんで食べてってください!」
少し会話して、時計は7時を指していた。切り出した小早川さんの言葉に、キッチンに立っていた妹が過敏に反応する。
「……でも」
遠慮がちに、小早川さんはこちらをちらりと見る。
最初のカフェの時もそうだったが、いざ目の前に出されたら食うのに、それまでは妙に遠ざける傾向にあるようだった。
「……いいから食ってってくれ。アイツもその方が喜ぶ」
「……うん、そうさせてもらうよ」
俺の言葉に、小早川さんは上機嫌に頷いた。
キッチンからは、カチャカチャと妹が料理を準備している後ろ姿が見えていた。こんなに働き者なのだ、きっと良い嫁になるぞ、と兄バカなことを思っていると、不意に小早川さんが口を開いた。
「ところで、親御さんとかは……」
一瞬、知っているのに何を言っているんだ嫌がらせか、なんて思いかけたが、妹の手前、自分が知らないことにした方が都合がいいと思ったんだろう。
「前も言ったろ、……両親とも既に他界してる」
「……そっか。それは悪いことを聞いてしまったね」
「い、いえいえ全然! 疑問に思うのは当然ですし!」
俺の言葉に、小早川さんは妹に対して申し訳なさそうな素振りを見せた。
俺も──両親とも亡くなって、それを訊かれてどうこうという感情はない。家族はこんな欠陥だらけの兄を支えてくれる妹がいるし、それで十分な気がするくらいだ。むしろ、妹がもしも居なかったら……家は静かで住みやすいだろうけど、俺はどうなっていただろうか。
人の機敏も分からないまま育っていただろう。今の欠陥が、心の渇きが、もっと悪くなっていたかもしれない。そう思うと、妹だけでも居てくれてよかったとさえ思う。俺が悪いことを悪いと知っているのは、きっと妹のおかげだ。
「ところで、お母さんの旧姓とかは……」
「
「……いや、なんでも」
妙な間の後に、小早川さんはそう言って否定した。
どうして母親の旧姓なんか気にするんだろう? ……というか、俺ですら初めて知ったんだが。妹はどうして知ってたんだろう。お祖父様とは俺よりも仲がいいから、それで教えてもらったんだろうか。
まあ、俺みたいな小早川さんにとってのイレギュラーを生んだ家だ、魔術師と何か繋がりがあってもおかしくない。
答えながら、妹は皿を持って来た。
中に入っているのは焼きそば。小早川さんと二人顔を見合わせ、笑うのだった。
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