第22話

 とりあえず脈はある。緊張の糸が解れた結果か、それとも肉体が限界を迎えたのか。

 そんなことを、背負って小早川さんの家に向かいながらも考えていた。

 それに、考えるべきはまだ幾つかあって、それに順繰りに思考を巡らせていた。

 俺が魔女だったのはいい。魔女だとしても俺は理性的に生きられている。多少衝動的な部分はあるかもしれないが、それでも肉体は人の形を保っているし、心は他人ひとのことを大事に思える。──もしかしたら殺されるのかな、なんて思うと、まあそれも仕方ないかなと思うけど。

 他に考えるべきことは──雨の魔女が死んだこと。

 雨の魔女の正体に興味はない。終わったこと、終わらせたものだし、ある程度の推測はできている。……神への呪いがあったのではないかとは思う。雨乞いを続けて、されど効果はなくて──その無念さが、神への懐疑が、あの魔女を生み出したのではないだろうか。

 そして、雨の魔女が死んだということが意味すること。

 それは、俺と小早川さんの別れが近づいていることだった。

 小早川さんが、俺によってもたらされる死について、どう思っているのかは分からない。けれど彼女が俺に殺されるのに待ったをかけていたのは、雨の魔女がいたからだ。

 もはや小早川さんに、殺されることに待ったをかける理由はない。

 ──それが、俺の心に深くのしかかる。

 もはや、目を逸らしてはいられない。

 今背負っている、この子を殺す。

 ……この、ほのかな温みを放つ、どこまでも美しい可憐な彼女を。

「──できるわけ、ないだろうよ……」

 静かな帰り道。月が僕らを照らす中。街灯の下、彼女を背負って、僕は静かに泣いていた。


「……何をしておる」

 夜道を歩いていると不意に話しかけられた。聞き覚えのある声にそっちの方を向くと、お祖父様が怪訝な顔で俺を見ていた。

「……言いつけを、守らなんだか」

 なんでこんなところに、と思わないではいられない。

 酷い偶然か、或いは──もしかしたら、偶然ではないのかもしれない。

 けれどともかく、その声は震えていた。

 とてもじゃないが、普段のお祖父様からは想像つかない様子。

 ──だからこそ、俺は反抗することができた。

「……お祖父様には関係ない。どうしようと、俺の勝手だ」

 或いは、泣き顔を見られたくなかったのかもしれなかった。

 吐き捨てるように言って、顔を背けて去っていく。

 背中の上、小早川さんがモゾリと動いたような、そんな気がした。


「ふー……疲れた……」

 小早川さんの家にようやく到着して、眠る彼女をソファに横たえ、俺もぐったりと椅子にもたれかかり、深く息を吐いた。

 今日は、あまりにも色々なことが起こっていた。

 ……そういえば、今日の出来事を話そうにも、美原がいない。

 まあ、時計の長針は3時を回っていた。時間も遅いし寝ているのだろう。部屋を覗くのもよくないだろうし、起こしてしまっても可哀想だ。

 椅子で一眠り着こう──そう思いながら、ソファで眠る小早川さんに目をやる。本来は部屋があるはずだし、彼女をソファに眠らせるのは可哀想だとも思ったが、いかんせん彼女の部屋を、というかこの家のことを、溜まり場にしているにもかかわらずよく知らない。変なタイミングで起きて勘違いされても困るし、許可なく女の子の部屋に入るものではないよ、と嗜められてしまいそうだ。

 そう考えて、これくらいなら許されるかなとその少女の頭を慈しみながら撫でた後、椅子の上、俺は瞼を下ろした。

 ……この時俺は、気づいていなかった──。

 ──家に鍵がかかっていなかったこと。それは女の子が一人で待っているとしたらあまりに不用心だ。

 ──それをずっと後悔することになる。何故なら美原とは、それから二度と会えなかったのだから。

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