第11話
「ただいま、奏ちゃん。──金星に、動きが」
「ふむ」
小早川さんに短剣の扱いについて講習を受けていると、買い物袋をぶら下げた美原が帰ってきた。美原の言葉に頷きながら、小早川さんは立ち上がった。
「荷物片付けたら行こうか。……近江くんもおいで、講習の実践編と行こう」
「金星……?」
「暗号だよ。まあ、魔女が出たってことさ」
雨も降ってないのに……?
詳しくは語らず、はぐらかしながら、小早川さんはそう言った。
歩くこと20分。着いたのは、地域の市民体育館だった。
大学生がサークルでもやっているのだろうか、或いは個人利用も多いのだろう。もう夜にも関わらず、窓から光が漏れ、どこか活気に溢れている。
「……こんなところに魔女が出たら」
「騒ぎになるだろうね。洗脳で揉み消すことはできるが、それでも精神への影響は拭えない」
美原の危惧する言葉に、小早川さんは頷いた。魔女や魔術という存在の秘匿のために、そんな話をしているのだろう。──単純な話、魔術が人々の間で広まるほど、まことしやかに囁かれるようになるほど。魔女は増えるしその連鎖も止められなくなる。止めるためには、魔女になる前に魔術師を殺すか、魔術師にもあるであろう、魔女のあの核を摘出するしかない。……あの核、なんなんだろうか。アレを砕けば魔女が死ぬことを考えると、元は魔術師の心臓なのではなかろうか。……いや、魔女は人間の肉体を失った、魔力でできた存在であると仮定するなら、その正体はきっと。
「近江くん、聞いてる?」
「ん、ああ、ごめん。なに?」
「もう……」
思索の沼にハマって全然話を聞いていなかったのを、美原は呆れ顔で見つめていた。
小早川さんはやれやれ、と肩をすくめながら、口を開いた。
「それじゃ、もう一回話すよ。美原が索敵、発見や異変が起こり次第、私か近江くんが確認。敵を発見したら、その場で仕留める。近江くん、行けるよね」
敵、とは魔女のことだろう。まだ一人でやるのは不安ではあるが──最悪サポートはしてくれるはずだ。それに、彼女ができると言うのならできるのだろう。そんな風に信じて、俺は小早川さんの言葉に頷いた。
美原がベンチに座って、祈祷するように手を組んで目を瞑る。俺と小早川さんは、そんな美原を挟むように、3人横並びでベンチに座っていた。
小早川さんは、周囲を警戒する様子もない。油断している、というよりはリラックスしている感じだ。俺もつられて気が抜けてしまうそうになるが、彼女と俺の実力の差は歴然なのだ。
「…………」
引き締めていると、自然と口数が減って、堅い静寂に支配される。
それを不意に破ったのは、小早川さんだった。
「近江くんはさ。……いや、拒否されても解放しようもないから苦しいんだけど。……それでも、聞くんだけど」
急なフリに、俺は思わず少し身構えてしまった。
けれど、聞いてきた小早川さんの方はひどくリラックスしている。
それを見ていると、なんだか身構えるのが馬鹿らしくなってしまった。
「こんな、全く……というわけでもないんだけど、自分には関係もない危ないことに巻き込まれて、嫌だったりしないの? 魔女っていう、迫り来る外敵とはいえ、元人間を殺しまでさせられてさ」
それは彼女なりの気遣いとか、配慮だろう。或いは、どうしても不安になってしまう、と言ってもいいかもしれない。
彼女が言った通り、ここで俺が「嫌だ」と言っても、「そっか、ごめんね」で終わってしまうだろう。場合によっては、秘密を知っている以上、殺されるかもしれない。或いは、魔術による洗脳は効かないが、それでも人を思い通りに動かす方法なんていくらでもあるのだ。
俺が戦う理由、それは──答えられない。
けれど、話す言葉は決まっていた。
「後悔なんて、してない。……俺、なんでかな、ずっと心が渇いていたような、そんな感じがしてたんだ。今はそれが今までよりも、ちょっと少ないんだ。それはきっと、二人のおかげで──。それに、元々あんま自分の生死に頓着とかないんだ。それよりはよっぽど、目の前で頑張ってる人を見捨てられない」
──それは、嘘混じりの本当だった。或いは、本当混じりの嘘だった。
けれどその言葉は、かねてから懐いていた恋情に依るものではない。
小早川奏が好きだから。そう言ってしまえれば、どれほど楽だろう。
けれど俺の言葉も、気持ちも、それだけでは決してないのだ。
好きだったから、というよりは──
「だからさ──惚れ直してるんだよ」
「……そっか」
どこか意外そうに、小早川さんはそう言った。
その表情はどこか赤くて、そこでようやく、俺は自分が言った言葉の別の解釈に気づいた。
焦り、しどろもどろになりながら、言葉を紡ぐ。
「ごめ、今のは違くて、いや……」
なんて言えばいい、なんて言えばいい!?
今、全くもって、恋愛のことなんて意識してなかった。
けれどそれを否定する材料もない。現に自分は惚れている。けれど自分がこぼした言葉の真意はそこにはないのだ。
「あはは、何言ってるんだか、バカみたいだね」
小早川奏は、俺の言葉に、そう笑った。──彼女が笑っているなら、結果的に良しとしよう。
そう思っていると、不意に、小早川さんは神妙な雰囲気で話し始めた。
「……私がね」
一口目を口ずさむと、一息つく。それは、独り言のような告解だった。
「私が魔女になったら、きっと私は、今までで一番残酷で、残忍で、とびきり黒い魔女になる。血と魔力で塗れた、ドス黒い魔女になるんだよ。魔女になるとき、生前の願いと魔術が反映されるからね。きっと私は、鏖殺の魔女になる」
……だから、止めてね。言外に、そんな言葉が聞こえた気がした。
「美原はどんな魔女になるかな〜?」
小早川さんは梅雨の夜らしい湿った空気を払拭するように、努めて明るくそう言いながら、うりゃうりゃ、と隣に座る美原のほっぺにイタズラした。
不機嫌な顔をしつつも、美原は耐えながら目を瞑っている。それが面白かったのか、さらに小早川さんは言葉を重ねた。
「君は我慢強いし清いからね、きっと天使のような魔女になるよ」
「確かに、悪か善かで言ったら、間違いなく善だもんな。よ、聖女様!」
「集中してるんだから静かにしてください! ……あ」
二人で悪ノリして美原を煽てていると、流石に堪忍しかねたらしい、美原は目を瞑りながら怒鳴るように言った。直後、何かあったらしい、間抜けな言葉が漏れた。
「ん? どしたい」
「魔女、発見しました。……けど、この姿は……」
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