第13話 「そうしなければ意味がない」
なぜ白石恵が自分の番号を知っているのか。
そしてなぜ彼女が自分に電話を掛けてくるのか。
いや、それよりも、
彼女は今さっき目の前でトラックに轢かれて死んだのではなかったか。
甲太郎の頭は疑問符に支配された。
そしてそのまま声に出た。
「ど、ど、なん、なん」
『動揺しすぎじゃない? ほら、落ち着いて深呼吸して』
「すーはー、すーはー。どう、どう、なんでなんで」
『さっきよりマシだけどあまり変わってないわ。
……理由はそれなりに説明するから』
それなりって何だよ、と思いながら、甲太郎は恵の違いに気付いた。
口調と声音が、さっきまで見ていた恵ではない。
あの大人しい感じが消えている。
これは、最初に出会った時の恵だ。
どこかに消えてしまっていた、生徒会長だった恵の声だ。
『えー、何から言えばいいかしらね……
あんまり時間も無いし……。
とりあえず、甲太郎』
「はあ。凄く自然な名前呼びですね」
『どうも。で、あなた、見たんでしょ?』
「何を?」
『もちろん、私が轢かれるところを』
「!」
今度こそ、何を言っているのか全く分からない。
この恵は自分で自分の死ぬ間際のことを知っている。
それを踏まえた上で、甲太郎に確認を求めている。
あり得ないことだ。
答える声に、力が籠もる。
「……見ましたけど」
『そうよね。とりあえず、その恵と私は別人だと思いなさい』
「……双子、とかですか?」
『ああ、全く違うけど限りなく近いかもしれない。
とにかく、今話している私は白石恵ではないわ』
「……理解が追いつかないです、はっきり言って」
『そんなことはこの世界にはたくさんあるわ。
だからこそ、そうやってあなたは朝まで戻って来たんじゃない?』
「はあ?」
恵は、朝まで戻ってきた、と口にした。
知っているのだ。
甲太郎が時を超え、四月六日の今、この時間に戻ったことを。
そんな、当人以外が知り得ないようなことを、なぜ知っているのか。
……考えられることは、一つ。
「もしかして、全部、先輩が……?」
『そうね。概ねは、私がやった……いえ、私がいるから起きたこと』
概ね。
つまり、恵が空を飛ぶのを見たことから始まる一連の事件。
それら全て、この恵がやったと、そう言っている。
聞きたいことが多すぎて、思考が一つにまとまらない。
混乱する甲太郎に恵の声が掛かる。
『色々聞きたいことはあると思う。
でも、まずは私から話させてくれないかしら』
「……いいですよ。どうせ今、俺はパンクしそうなんで」
『ありがとう……と言っても、
実は、私は具体的なことは話せないの』
「話せない? なぜ?」
『それを言うことも、出来ない』
「……あのー、だいぶ無理があるのでは」
『分かってるわ』
こちらにはほとんど情報がないのに、
具体的なことが話せない、と言われても困る。
それはつまり、結局説明する意思がないということではないだろうか。
それとも、実は恵も何も分かっていないのでは。
「本当に理由説明できるんですか? "それなり"レベルでも」
『うん。でも、今は言えない。
だから今はたった一つ、私の望みを言うことにする。
あなたに電話したのは、それを叶えて欲しいからよ』
説明すると言っておきながら次は言えない、そして自分の望みだけを言う。
随分勝手な言い分だと思う。
だが、今の自分の状態を把握して電話を掛けてきたのも事実。
恵の方が、この状況に詳しい。
ならば、会話の主導権は彼女にある。
結局、聞くしか選択肢は無いのだ。
「……言ってみてください」
電話の向こうで、恵が息を吸った。
『あなたに救ってほしいのよ。白石恵を』
「……おかしいな。今俺が話してるのは白石恵先輩じゃなかったかな」
『……あー。んー、面倒ね……そうだ』
「?」
『甲太郎、私のことは飛鳥って呼んでくれない?飛ぶ鳥、と書いて飛鳥」
「飛鳥……?」
『私は、あの恵じゃないから。便宜上の区別』
「……分かりましたよ、飛鳥先輩。で、救うってのは、何なんでしょう」
『甲太郎も見たでしょう? 今日の夕方五時、白石恵は事故に遭う。それを助けるの』
恵―――飛鳥は、当然のような口調でさらりと言ってのけた。
「助ける?」
『そうね。手段は何でもいい。とにかく、恵が事故に遭わないようにしてほしい』
「それは……」
『事故の原因、見てたでしょ?』
「トラックですよね?」
『違うわ、もっと前。どうして恵が事故に遭ったのか、あなたは分かるはず』
甲太郎は、その瞬間を思い出した。
あの時、たしかに恵は浮かんだのだ。
森の中で飛んだのを見た時のように。
ふわりと浮いて、文字通り、道路に"飛び込んで"いったのだ。
「あの時、先輩は浮かび上がりました。
そしてそのまま、制御を失ったようにして、
トラックの前に出ていったんです」
『そうよ。その時、恵はどんな顔をしていた?』
飛鳥に問われて、思い出す。
あの時の恵の目。
恐怖に見開かれた目が焼き付いている。
「驚いていたように見えましたね。
自分で浮かびながら、そんなことは全く予想もしていなかったように。
……そうだ、そうだ、確かにあの時先輩は驚いていた。
…………つまり、浮かび上がることを分かっていなかった?」
『そう……それが分かっていれば、助けられるわ。必ず』
「なんでそんなことまであんたが把握してるのか、
それが分かりませんけどね、飛鳥先輩。
あの時あそこに居たんですか?」
『居たとも言えるし、居なかったとも言えるかな』
「……また訳の分からないことを」
『敢えて言うなれば、私は神様みたいなものだから』
「最近の神様のお告げは電話サービスもあるんですか、凄いですね」
とうとう神様、などと言い出した。
前までの甲太郎なら、笑って終わるところだろう。
だが今は、連日の超常現象によって頭が幾分柔らかくなっているらしい。
一瞬、神様ならば何でもありか、などと感じてしまった。
だが、飛鳥が今の状況を把握し、
それに伴う行動が出来るならば、当然の疑問が浮かぶ。
「……肝心なことなんですが、どうして飛鳥先輩は白石先輩を助けたいんです?
それに、そこまで分かっておきながらなぜ俺にやらせようとするのか。
自分でやればいいじゃないですか」
『私のためでもあるけれど、基本的にはあなたのためよ、甲太郎』
「俺のため?」
『だって、あなたも気付いてるでしょう?また、過去に戻った理由を』
「それは……」
薄々は、感じていた。
再度の時間遡行を起こした、トリガーについて。
「それは、俺が白石先輩の死ぬところを見たから、ですか?」
『ん……まあ、厳密にはそうじゃないけれど。
大体は、そういうことよ。
あなたがその場面に立ち会ったから、あなたは再び過去に戻った。
そう考えてくれればいい』
「てことは、もう一度白石先輩が死んでしまえば」
『同じことが起きるでしょうね。そういう決まりだから』
「なら、俺はどうしても先輩を助けなければいけないわけか」
『そう。"あなたが""恵を死なないようにする"、これが重要。
そうしなければ意味がない。そうしなければ……』
一瞬、飛鳥の言葉が途切れた。
「?」
『…………時間が無いわ。頑張ってね、ガチャン』
「ガチャンって口で言うやつが……あっ、本当に切れてやがる!」
電話は、そこで終わってしまった。
「このタイミングで切るやつがあるかよ……」
呟いて、スマホを耳から離し、すぐに履歴を確認する。
だが、今かかってきたはずの電話番号は、どこにも存在しない。
当然のことだ、非通知着信だったのだから。
こちらから掛け直すことはできない。
向こうが番号を知っているのにこちらは知らないというのは、
居心地の悪さを感じさせた。
(それに……)
甲太郎は飛鳥の話を全て飲み込めてはいない。
彼女の話の内容は、基本的に飛躍していて意味不明な物だったのだ。
にも関わらず、知らないはずのことは知っている飛鳥に、甲太郎は恐怖を覚えた。
自分は体よく彼女に利用されようとしているのではないだろうか?
彼女の話したことは、彼女自身にしか真偽が分からないことばかりなのだ。
考えのまとまらない甲太郎は、ベッドに寝転んだ。
「……どうするか」
その時。
「~♪」
スマホが、またも着信を知らせる音を鳴らした。
(まさか、もう一度飛鳥が!?)
急いで手に取る。
電話口から聞こえてきたのは、最近よく聞く耳慣れた声だった。
「もしもし! なんでずっと話し中なの! 大変だよ!」
「佐倉お前俺の番号覚えてたのかよすげーな!」
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