第12話 「ちゃんと繋がったみたい」

 白石恵の足取りを追って、校外に出る。

 彼女からは発見されず、

 さりとてこちらから彼女を見失うこともない、絶妙な距離。

 それを二人で測りつつ、恵の後をひそひそとついていく。


「このくらいでバレないかなあ」

「どうだろう。普通にしてる分には気付かれないと思うが」

「結局後ろ向かれたらアウトだもんね」


 小声で話しつつ、前を行く恵を見る。

 彼女と自分たちの間に遮蔽物がある場合は、

 それに隠れるようにしている。

 ポストの陰からこっそりと覗いた恵は、

 やや首を垂れ、ゆっくりと歩いていた。

 どうやら未だ、こちらに気付いた様子はない。


「暑い……」


 傍らの陽花がYシャツの首元をぱたぱたと扇いだ。

 甲太郎の首筋にも汗が流れる。


 そのまま、春にしては非常に強烈な日差しの下。

 幾つかの横断歩道を渡り、幾つかの道を通り。


 尾行は駅前の大通りに差し掛かっていた。

 都会ではないとはいえ、それなりの賑わいのある駅。

 地方都市においては、最も栄える中心部。

 今日もそれは例外でなく、

 人の往来も、車の往来も激しく、

 混みごみとごった返していた。


「電車通学なのかな」

「多分」


 前を行く恵のさらにその先にある、交差点の青信号が点滅する。

 恵はそれを見て、一瞬、渡ろうとしたものの、

 次で良いと考え直したのか、横断歩道の手前で立ち止まる。

 信号の点滅が終わり、青から赤へと切り替わる。

 道が開かれるのを待っていた運転手達がブレーキから足を離し、

 先頭のトラックが動き始める。


 その、最悪のタイミング。


「――――――!?」 


 恵の身体が、ふわりと浮かんだ。


「ひっ……!!」


 周りが止める暇も無い。

 本人ですら、どうしようもなく。


 浮かんだ恵の身体が体勢を崩し、道路に投げ出される。

 それは、確実な死の訪れる場所で。

 彼女を引き裂くための凶器が唸りを上げた、 


 その瞬間。


 甲太郎と恵の目が、合った。


 彼女の瞳の、困惑の色が、そのまま甲太郎の目に刻まれて。


「せんぱ……っ!!」


 届かないと知りつつも手を伸ばした甲太郎の目の前で。


 世界が再び、歪んだ。


「――――――――――――!!」


 そして、甲太郎は目を覚ました。

 クリアになっていく視界と、それとは裏腹に収まらない動悸。

 その二つだけが、自分の存在を知覚する標だった。


「ここは……俺の部屋、か……?」


 使い慣れた机と椅子。

 薄緑色のカーテン。

 横たわっているのは自分のベッド。


「……何で」


 ぶる、と肩が震える。

 脳裏にフラッシュバックしたのは先程の光景。


 恵の身体が引き裂かれ、バラバラになる前に見せた、最後の瞳の色。

 困惑の色。


 その場面と、自分の部屋とが、繋がっている。


「何で、何が、何が、起きたんだ……」


 ベッドに寝ている自分に困惑するのは、これで二度目。

 だから、何となく予感できた。

 今自分に起きたことを。


 確認のために制服のポケットを探ると、スマホが出てくる。

 画面を目の前にかざし、日付を確認した。


「四月……六日……午前、七時……」


 戻っている。

 祠に触れて戻った、四月六日。

 恵を問い詰めた四月六日。

 ……彼女が轢かれるのを見た、四月六日。

 その朝に。


 冷汗が流れた。


「繰り返したのか……」


 その事実は、なぜか、甲太郎の胸にすとんと落ちていった。

 自分は再び過去に戻った。

 あの白い祠など関係なく。

 恵の事故と、今朝が繋がって。

 当然であるかのように、過去に戻った。


(白石恵)


 彼女の最後に見せた目。

 困惑に満ちたあの目が、甲太郎の記憶に焼き付いている。

 否、それは困惑ではなく、驚愕であったかもしれないし、恐怖であったかもしれない。


(佐倉に連絡)


 閃いて、スマホを見る。

 前と同じならば、陽花も同じ状況。

 彼女もまた、時を遡っているはず。

 そして、自分と同じことを考えているかもしれない。

 今大事なのは、彼女と情報を共有し、確かめることだ。


(しまった。番号、覚えてねえ……)


 だが、当然のように、スマホに彼女の連絡先は残っていなかった。

 全てが今朝の状態に戻っているのだ。

 そして、一度交換しただけの連絡先など、覚えているはずもなかった。


(佐倉が覚えてくれてれば……いや、無理か……)


 自分に期待できない記憶力を、他人に求めることはできない。


「くそ」


 悪態をつき、学校へ行く準備をする。

 結局、直接会える場所に向かう、それが最適解だ。


 そう考えて、大急ぎで靴下を履いている時だった。


「~♪」


 自分のスマホが、着信を知らせる音を鳴らした。


 もしかしたら、陽花かもしれない。

 陽花は自分の番号を覚えていたのかもしれない。

 流石は佐倉、そう思ってスマホを手に取る。

 だが、画面には非通知着信、とあった。

 どこから掛けられてきた電話か、全く分からない。


 それでも、陽花からだと期待しつつ、電話を受ける。


「もしもし、佐倉か……!?」

『………………………………』

「……どうした?無言で……」

『……あ。良かった。ちゃんと繋がったみたい』

「え?」


 甲太郎は、その声に聞き覚えがあった。

 陽花のものではない。

 だが、つい最近、これと同じ声を耳にした。

 それどころか、この声の主を、最近はずっと見ていた。


「白石先輩……?」

『うん。おはよう、水島甲太郎くん』

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