第11話 「やっちゃいますか? ストーキング」
「由々しき事態だね、これは」
「うむ」
「祠が無いとさあ、色々不便じゃん」
「うむ?」
「テストの問題見た後過去に戻るとか、
宝くじの番号控えておくとか、
そういうの出来ないわけだし」
「待て待て待て。え? そういう目的で来てたの佐倉?」
冗談だよ、と言って先を行く陽花。
昼下がりの森の中、二人は大きな岩のある広場まで戻ってきた。
「……何で消えちゃったのか分からないけど、
逆に言えば、やっぱりあの祠、
そのくらい重要な物だったってことになるんじゃないのかな」
「誰かが壊したとか?
……いや、でも三週間後には祠は確かに存在するんだ……
考えにくいか」
「むしろ、
今まで無かったのをこれから三週間で誰かが作るんじゃない?」
「あんな森の奥に? いったい何のために……」
「それは全然分からないけど。
でも、そもそも過去に戻れる祠だもん。
どんな理由でもおかしくない気はするよ」
「まあ、ある種何でもありだからな。
……そうするとやっぱり今は祠より先輩か」
「そうだね~。
あれ調べられないなら、またそっちに戻っちゃうね」
祠に関して調べられなくなった以上、
何とかして恵から情報を引き出すしかない。
陽花の考えでは、
恵は空を飛べることについて嘘をついていると言う。
切り込むならそこだ。
だが、問い詰めようにも確たる証拠があるわけでもない。
「もう一度同じことを聞くのは……憚られるな」
「めちゃくちゃ不信感持たれちゃったしね」
「せめて動画が残ってればな」
「でも、もう無いしね」
「となると……」
「うん……」
陽花は振り返り、甲太郎に笑い掛ける。
「やっちゃいますか? ストーキング」
「せめて尾行と言ってくれ」
とは言うものの、現在有効な手はそのくらいしかない。
後をつけて不自然な行動を起こすのを待つ、最近慣れてきたやり方。
「だんだん、人の跡をつけることに抵抗が無くなってきた」
「けどこうしてると、自分の足で情報を得てる感じがあるよね。
探偵みたいに」
「探偵にしては、ほとんど何も推理してないけどな」
「そこはほら、材料が揃ってからじゃないと」
「揃うまでに何回超常現象に巻き込まれるやら。
一つ解けるまで次は来ないでほしいな。
オカルトに対する処理能力がパンクする」
甲太郎はため息をついた。
陽花はそんな甲太郎を見て、
「私も一緒に考えるよ。
それに、たぶん全部繋がってるから」
「繋がってる?」
「一つ解ければあとは芋づる式だよ。数学の問題と同じ」
「……だといいけどな」
二人で岩のそばを通り、歩いていく。
その足が向かうのは学校だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その日の午後四時。
三年生の廊下、C組の扉が見える階段の前。
甲太郎と陽花は、それぞれ無言でそこに立っていた。
「……出てこないね~」
「そうだな」
森から帰ってきた後、恵の教室であるC組まで直行。
意外なことに恵はまだ下校しておらず、席に座って本を読んでいた。
とはいえ、居ることが分かっても声を掛けるわけにもいかない。
あれだけ迷惑がられていたのだ、
再び接触すれば警戒されて尾行すら困難になってしまうだろう。
恵が出てくるのを待っていた方がいい。
そんなわけで、二人は現在、
教室の入り口を遠巻きに眺めるだけの置物と化していた。
「うう……」
曲がり角から身体を半分出してじっと様子を窺う陽花。
その上から顔だけ出している甲太郎。
そんな二人に、後ろから近づく人影があった。
「そこで何してるの?」
「ひゃっ!」
陽花は小さな身体をびくっと震わせ、
急に掛けられた声に振り向いた。
その頭がちょうど甲太郎の顎にクリーンヒットする。
「ぐへっ!」
甲太郎は顎を抑え、しばらく悶絶する。
脳天に来る、重たい一撃であった。
「わー! ごめん!」
陽花はあたふたと手を動かしながら謝った。
喋れないながらも、問題ない、というジェスチャーを返す。
「うう……水島くんごめん……痛かったよね?」
「良い一撃だった……ナイス石頭……」
「そ、そんなに硬くないし!」
「でも全然痛そうじゃないじゃん……」
甲太郎は顎をさすりながら、声を掛けた第三者に目を向けた。
そこにいたのは、黒髪ポニーテールの女子。
すらりとしたスタイルの良さに、
薄いピンク色の唇、ぱっちりと大きな目。
その目が、甲太郎たちの様子を、
いかにも申し訳なさそうに、居心地悪く眺めていた。
「あの、なんかごめんね?」
謝ってきたこの女子生徒に、甲太郎は見覚えがあった。
具体的には、今朝の始業式の、その壇上で。
よく耳に通る、綺麗な声で挨拶をしていた。
「……一ノ瀬、詩織先輩ですか?」
「あれ? 知ってた?」
「生徒会長じゃないですか、先輩」
「そっか。たしかに」
ふーん、と呟いて、生徒会長一ノ瀬詩織は二人を見る。
「……何か気になりましたか?」
「まあそうだね。君たち、浮いてるもん。
ずっとここから教室見てるし。知り合いでもいるの?」
「そんなところですねー」
「三年生じゃないよね?」
「二年生です」
「名前聞いてもいいかな?」
「えーと、俺が水島甲太郎で、こっちが」
「佐倉陽花です」
「そっかそっか……水島くんに、佐倉さんね……」
詩織は名前を呟きながら、うんうん、と頷いている。
「まあいいや、待ち合わせならもう少し自然に待ちなよ、
気になっちゃうからさ。それじゃねー!」
「は?」
一方的にまくしたてた詩織は、さっさと歩いて行ってしまった。
後に残された甲太郎と陽花は顔を見合わせる。
「何だったんだ、あれ。名前聞かれて終わりだったぞ」
「ほんとにただ気になっただけ、だったのかな……?」
「分からん」
詩織は何となく飄々とした空気を纏わせていた。
言葉や仕草からでは、何を考えているか読めなかった。
「まあ、忠告は聞いておくか。もう少し自然に待とう」
「うん」
そして、手持ち無沙汰な二人は壁に寄り添って。
何となく、ちょっとした雑談を始めた。
「佐倉って、一人っ子か?」
「うん。水島くんは妹さんいるんだよね、羨ましいなあ」
「いいだろう。兄の俺が言うのもなんだが、
うちの理緒はそこそこ可愛いしスポーツ万能、
成績も優秀、料理もできる、素晴らしいぞ」
「思ったよりベタ褒めだ! ……料理上手い子、いいね」
「ああ。父子家庭なんだ、自然とその辺のスキルも上がる」
「あ、そうなんだ……てことは水島くんも出来るの?料理」
「普通かな。食えない物は作らないけど、そんなに上手くもない」
「食べさせて」
「何がいい?」
「フライドチキン」
「なんか嗜好がジャンクだよなあ……」
「佐倉は転校してくる前、どこに居たんだ?」
「蛇口市」
「あれ? 隣じゃん。けっこう近いんだな」
「そだね」
「親の仕事関係か?」
「んん……そんなとこ」
「歯切れが悪いな」
「そんなことないよ。
前の学校で問題を起こしたから追い出されたとか、
いじめられたから逃げてきたとか、
そんな過去は一切ないよ」
「すげー気になる言い方やめろよ」
「……実際のところ、俺たちは何がしたかったんだ」
「最初は空を飛ぶ人を見つけて。
で、すごく気になるじゃない? そんなの」
「ああ。それで追ってたら何やかんやあって過去に戻ってるわけか。
改めて考えるとすごい飛躍だ。謎だらけだな」
「謎は人生の醍醐味さ!」
「いくらなんでもスピリチュアルすぎるのが問題なんだけどな……
……と、その発端がとうとう出てきたぞ」
「え、ほんと?」
甲太郎の視線の先には、ちょうど教室から出てくる恵の姿があった。
カラカラ、と音を立てて、扉が閉まる。
人気のない廊下に、彼女の歩くコツコツという音が響いた。
「空飛ぶ人、こっち来るよ」
「隠れろ!」
甲太郎と陽花は静かに階段をのぼり、上から様子を窺う。
ちらりと見えた彼女の顔は下を向いていて、
髪に隠れた表情までは良く分からない。
下り階段に足をかけた靴音の響きが、階下に降りていく。
それを聞きながら、追うタイミングを測った。
「……そろそろ、行くか」
小声で陽花に耳打ち。
頷いた彼女と共に、密やかにその場を後にした。
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