第8話 「いや先輩なんかキャラ違いません?」
始業式が終わって教室に戻った後、
新学期の連絡は特に何事もなく終わり、下校時間となった。
「水島―、お前この後どうすんの」
教室で陽花を待っていた甲太郎に最初に話しかけてきたのは、
シャープなメガネを掛けた背の高い男子だった。
男友達の牧原十瑠である。
「ちょっと学校残る。牧原はバイトだろどうせ」
「よく分かってんな。さすが」
十瑠は大げさに感心したような素振りを見せた。
「俺と話してる暇あるのか?」
「まあ今日は授業無いし、バイト始まるまで割と余裕あるからな」
「余裕ってどのくらいだ?」
「あと十分くらい」
「お前の余裕の定義が分からない……早く行けよ走って行けよ……」
「まあそうだな。つーわけでそろそろ行くわ」
そう言うと十瑠は立ち上がって、鞄を肩に掛けた。
そしてシャープな眼鏡の奥の切れ長の目で、甲太郎を見下ろす。
「ま、とりあえずまた一年よろしくな」
「ああ。頑張れよバイト」
十瑠が教室前方の扉から猛スピードで飛び出していく。
そして、同じ扉から入れ違いでひょっこりと陽花が現れた。
後ろをちらちら見ながら、「うわ~、はや~」などと呟いていたが、
室内を眺め甲太郎を見つけると、真っすぐに机のそばまでやって来る。
「ごめん水島くん、ちょっと遅れちゃった」
「いや、別に。クラスの方はもういいのか?」
「あ~、そっちは全然問題ないよ。少し先生に呼ばれてただけ」
陽花は僅かにカールした耳元の髪を指でいじりながら、答える。
甲太郎と陽花が話している姿は、室内の注目を少しだけ浴びる。
「じゃ、先輩のところ行こう。
遅れた私が言うのもなんだけど、いなくなってたらまずいしね。
生徒会室とクラス、どっちいるかな?」
「それなんだけど、ちょっと予定が狂ったみたいだ。
とりあえず生徒会室には行かない」
甲太郎が言うと、鞄を片手に教室の扉に向かおうとした陽花は立ち止まる。
甲太郎の声が、明らかに含みのあるトーンだったからだ。
わけが分からない、という顔をしながら振り返り、
そして、はあ、と一つため息をつくと、
僅かな苦笑いを浮かべながら甲太郎を見る。
「……えーと、また何かあった?」
「あった」
始業式で見たことを陽花に説明していくと、
陽花はうん、うんと頷きながらその話を聞いていた。
しかし、その苦笑いは頷くたびにますます苦々しさを増し、
説明し終わるころには一周廻って真顔になった彼女がいた。
「なんかすごいことになってるね。もうめちゃくちゃだね」
「ここまで来たらまだ何か起こるぞ、絶対」
「覚悟しとく」
そう言うと陽花は腕を組んだ。
そしてしばらく考える素振りを見せた後、
「……でも、結局私たちがやることは変わらないじゃん?
さあ、行こ行こ急ご」
「お、おい、ちょっと待ってくれよ」
言うなり教室の扉に向かう陽花を、
甲太郎も慌てて追い、二人で廊下に出る。
廊下の窓からはグラウンドが見えて、始業式にも関わらず、
いくつもの部活が練習に精を出していた。
「……学校の様子は全然変わってないな」
「新参者だからよく分かりませんが、何も変わってないなら何よりです」
「だといいんだけどな。実際どうだか……」
「まあいきなり生徒会長が変わってるとかあるとねー……。
大丈夫? 友達いなくなったりしてない?」
「なんかもう分かってて聞いてない?」
話しているうちに三年生の廊下を通り、C組の前までやってくる。
「あ、普通にいるね」
「いないと困る」
前にも同じようなやり取りをしたな、と思いつつ陽花が促す方向を見る。
するとそこでは恵が自分の机に座り、本を読んでいた。
前回この教室を訪れた時とは違い、周りには誰もいない。
大人びた表情をしながらも、本に注がれるその目は何となくあどけない。
「さて、どうする?あっちは俺らのことを知らないかもしれないし……」
「いやいやどうするも何も普通に呼ぶだけだよすみませ~ん!」
「うお」
陽花が扉の近くに居た女子生徒に声をかける。
速すぎる行動に甲太郎が動揺している内に、
陽花の方はさっさと恵を呼んでもらえるよう話を取りまとめてしまった。
そしてその生徒は恵の座っている机の方に向かい、彼女に用を伝える。
(ん……?)
その女子生徒と恵が話しているのを見ている内に、
甲太郎はふと違和感を覚えた。
何となく、としか言いようがないが、
恵の雰囲気が前に見た時、話した時と違うように思えたからだ。
その時の恵は、はっきりとした存在感というものを身に纏っており、
それに他の生徒も引き寄せられているような、社交的な雰囲気があった。
今見ている恵はそうではない。
女子生徒の話をじっと聞いている恵は、
どちらかと言えば大人しく内向的なように見える。
何となく静けさのようなものを感じるのはどちらも同じだが、
その方向性が全く異なるように思えた。
話を聞き終えた恵はゆっくりと立ち上がり、
甲太郎と陽花の方に向かってくる。
その表情を見ただけでも、
以前のような鋭さは消えているのが分かった。
そして、二人の前まで歩いてきた恵は口を開いた。
「えっと……私に用があるんですよね。何ですか……?」
「いや先輩なんかキャラ違いません?」
「ええ……?」
即座に突っ込みを入れる陽花だった。
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