第7話 「生徒会長、一ノ瀬詩織です」
(……前と全く同じ話だ……)
壇上に立って迂遠で曖昧な説教をする校長の声を聞きながら、
甲太郎は隣のクラスの列を観察した。
あの後、陽花と別れて教室に行ったが、
以前体験した四月一日と特に変わったことは無かった。
違いを探している内に始業時間となり、
生徒は教師に連れ添われて、体育館で始業式のために整列する。
(佐倉は……いないのか。転校生って、始業式には出ないもんなんだな)
陽花はC組で、自分はB組。
だが、ちらりと眺めてみたC組の列に陽花の姿は無かった。
職員室かどこかで、これから紹介されるのに備えているのだろうか。
「皆さんも、春気分で浮かれることなく、
三年生は受験に向けて、
一・二年生は勉強に部活と充実した日々を送れるように努力し……」
あまりに型どおりな台詞なので、甲太郎は眠くなってきた。
しかもこれを聞いたのは二度目だ。
出席していない陽花がうらやましい。
(しかし、会長か……実際、佐倉の言ってた通りなんだよな)
「現状の自分に甘えることなく、
今しかできないことをするということが大切で……」
(あの人が今回のことに関わっている……と俺は思っているが、
そもそも、会長に会ったのは二十六日……つまり俺たちにとっての昨日だ。
今はまだ俺たちのことは知られてすらいない)
「六月の体育祭では生徒同士の結束を大事にし、
これからの様々な学校行事に活かしていってくれることを望み……」
(初対面の人間が適当に聞いてみたところで、
素直にこちらの知りたい答えを出してくれるだろうか)
「我々教師陣も、
皆さんの学校生活に関して最大限のサポートをしていくことを約束し……」
(だいたい聞く内容が突飛すぎるよな。
『空を飛んでいた』『時間が巻き戻る祠』……
こんなこと自然に聞く自信がないし、一笑に付されて終わる気がする)
「規則正しい生活を心がけてください」
(うーん、とりあえずどうするかは後で考えるか……)
「―――では、次に生徒会長挨拶。三年B組、一ノ瀬詩織」
「はい」
(は?)
甲太郎は目を見開き、慌てて壇上を注視する。
目に映るのは、先ほどまで話をしていた教師の姿。
そして、中央のマイクに向かって歩いていく女子生徒。
身長は平均的で、やや細身。
黒い髪をポニーテールにしており、
いかにも真面目そうな雰囲気を出している。
(あれは、誰だ)
自分の記憶にある生徒会長の姿は。
(白石恵は、どこに行った?)
「生徒会長の三年B組、一ノ瀬詩織です。
私は今年度の生徒会のスローガンとして、
『自由』を掲げていきたいと思っています……」
壇上に立つ女子生徒がマイクを片手に話を始める。
その声はハッキリとして力強く、綺麗に響く声だった。
だが、甲太郎の耳にはほとんどその内容は届いていなかった。
橋爪高校の生徒会長は、
今喋っている一ノ瀬詩織という女子生徒ではないはずだ。
前回体験した始業式では、本来の生徒会長である白石恵が挨拶をしていた。
彼女の存在はどこに消えてしまったのだろうか。
(会長のクラスは……C組だったか)
頭の中に浮かぶ疑問符を振り払い、とりあえず三年生の並ぶ列を見てみる。
自分の並ぶ二年B組の列から見ると、
多数の生徒が視界を遮る壁となってしまうが、
自分も背が高い方なので、見えないということはない。
目を凝らし、注意深く三年C組の列に並ぶ生徒を観察していく。
―――すると、果たして白石恵はそこにいた。
甲太郎より前の方に並んでいるので、確認できるのは後ろ姿だけだ。
だが、自分と陽花はここ何日か、その後ろ姿をずっと追いかけていた。
だから分かる。
均整のとれたスタイルも、長く伸びた黒髪も、恵のもので間違いない。
恵は一ノ瀬詩織の挨拶を静かに聞いている。
他に特に変わった様子はない。
その、あまりに周囲に溶け込んだ自然さは、
甲太郎には混乱しか与えなかった。
(ああくそ……もうこんがらがってわけ分からんが考えるしかない。
落ち着け)
自分たちはたしかに時を遡った。
だが、それは四月二十六日から四月六日までという、
たった三週間ほどの間隔に過ぎない。
単純に時間が巻き戻っただけならば、
今挨拶をしているのはあの一ノ瀬詩織ではなく、
白石恵でなければおかしいのだ。
(ということは……俺たちが戻ってきたのは、
元々経験した四月六日じゃないのか……?)
そう考えるより仕方がない。
自分たちは、ただ過去に戻ったわけではないのかもしれない。
自分たちが今いるのは、別の四月六日……
言ってしまえば、別の世界の四月六日なのではないか。
(……また聞かなきゃならないことが増えたな)
滔々と続く詩織の挨拶に全く集中できないまま、
始業式の時間は過ぎていった。
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