第4話 「水島くん早く。撮影の準備だ!」
「えー、放課後になりました」
「なりましたね」
「これより尾行を開始します」
「了解」
「とりあえずあんパンと牛乳いる?」
「お約束を守るやつだな……というか、そんな大掛かりな尾行じゃないぞ。貰うけど」
「どうぞ、350円」
「金払うのはいいとして微妙に高くね?」
放課後の教室。荷物をまとめていた甲太郎のもとに、陽花がやってきた。
あまり見られない光景だったためか、室内の何人かの注目を集める。
「お二人はいつからお友達になったのですか」
とぼけた声で聞いてきたのは、男友達の牧原十瑠だった。
一見知的に見える風貌にいっそうの拍車をかける眼鏡を光らせながら、甲太郎と陽花の前に立つ。
「牧原、お前さっき一番に教室飛び出してなかったか」
「忘れ物して戻ってきた。そしたら面白い組み合わせがあるじゃ」
「ちわーっす」
異常に唐突なタイミングで挨拶をする陽花にも十瑠は全く動じず、
「ちわーっす。隣の転校生だっけ? 俺牧原。
こっちは俺は友達だと思ってるけどこいつは俺のこと友達だと思ってないんだろうなあって感じの水島」
「最悪の紹介だし俺と佐倉はもう知り合いだから俺の紹介要らないしお前なんなの」
「分かるなあ、水島くんってそんな感じかも」
「佐倉さん?」
真顔の甲太郎に対して陽花は冗談だよ、と言いながら舌を出した。
十瑠は二人のやり取りを眺めながら自分の席に歩いていき、
机から荷物を取り出したあと、戻ってくる。
「またバイトか?」
「ああ、貧乏暇なしって言うだろ?」
「言うほど貧乏じゃないだろ、お前の家。親公務員じゃなかったか?」
「色々欲しいもんがあんだよ。つーわけで改めてじゃーな、二人とも」
「おう、じゃーな」
「またねー、牧原くん」
二人が答えたときには、
十瑠のすらりとした長身が猛スピードで教室を飛び出していった後だった。
ふう、と息をついた陽花が口を開く。
「なんか見た目とすごいギャップがある人だね、ちょっとしか話してないけど」
「人のこと言えなくない?」
「あはは、たしかに。見かけで人を判断しちゃ駄目だね」
ころころと笑う陽花を見ながら甲太郎はその通りだと思った。
陽花は笑うと雰囲気ががらりと変わる。
彼女に会ってからまだ一日しか経っていないが、
見ていて飽きないほど表情の変化が豊かだ。
「まあでも、あの白石先輩は概ね見た目通りな感じだよね」
「あの人は見た目も中身もクールだったな。
……そういや尾行って言ってもどうするんだ?」
「え? 普通にストーキングだよ」
「もっとオブラートに包めよ。
……そうじゃなくて、生徒会長はずっと生徒会室にいるんじゃねってこと」
「生徒会長だからってずっとそこにいるとは限らないじゃん?
昨日私たちが見たのだって、放課後になってすぐのことだったし」
「……なるほど」
それなら急いだほうがいい、と甲太郎は席を立つ。
昨日恵が飛んでいるのを見たのは今ぐらいの時間だったはずだ。
速やかに行動すれば、彼女がまた飛んでいる姿を見ることができるかもしれない。
甲太郎の脳裏に、黒髪を揺らめかせながら枝葉の間を抜けていく恵の後ろ姿が思い浮かぶ。
「じゃあ行こうか、佐倉」
「うん……あ、でも先輩のクラス分かる?」
「C組だよ。たしか」
「さすが……誰かに聞いたの?」
「……まあな」
本当は新学期の初めに行われた始業式で、恵が挨拶した時のことを思い出しただけだが。
転校生である陽花はそれには出ていないのかもしれない。
教室を出て階段を下り、三年生の階へ向かう。
当然こちらも授業は終わっていて、廊下には続々と下校する生徒の群れができていた。
C組の前を通る。廊下側から覗いてみると、果たして恵はそこにいた。
恵からこちらが見えないよう、慌てて隠れる。
「普通にいるな」
「いないと困るよ」
恵は既に帰り支度を済ませているようだったが、
周りを取り巻く数名のクラスメイトと談笑していた。
笑っていると、冷たいイメージが顔から消えてぐっと幼く見えてくる。
しばらく観察していると、恵と話すクラスメイトがいなくなった。
「そろそろか?」
陽花に目配せすると、
「いや~どうだろ」
陽花が指さした方向を見ると、
いつの間にか恵の周囲にはまたもや人が集まっていた。
その後も、恵を中心としたクラスメイトの集合離散が何度か繰り返される。
「……友達多いな」
「え? 普通じゃない?」
「ぐ」
不用意に呟いた一言のせいで心が傷ついてしまった。
陽花はそんな甲太郎を不思議そうに見る。
「どうしたん?」
「……何でもない。というか、いつまで経っても動く様子がないな」
「待ってる間さっきのあんパン食べる?」
「今、ここで?
ただでさえさっきから廊下を通る三年生に割と不審な目で見られてるのをけっこう我慢してるのに?」
「食べなよ。せっかく私が200円も出して買ってきてあげたんだから」
「妙に恩着せがましい上にやっぱりぼったくりじゃねーか金返せ」
「あ、動いた」
「ん?」
陽花の目線の先を追うと、周囲に集まっていた人々が解散し、
今度こそ恵が立ち上がったところだった。
彼女はそのまま教室の扉に向かっていく。
「よし、行きましょ~」
「おい、ちょっと待てって」
廊下に出た恵が十分に離れたところで、陽花はその後をつけ始めた。
甲太郎も慌ててその後に続く。
恵は生徒会室には向かわず、昇降口まで下りて行った。
甲太郎と陽花は靴箱の裏に隠れる。
「今日は生徒会、無いみたいだな」
「後は森の方まで行ってくれれば……」
陽花が呟くと、靴を履き替えた恵は果たして校舎裏に向かった。
明らかに普通の下校ルートではない。
「よし、水島くん早く早く。撮影の準備だ!」
「俺が撮るのか?」
「昨日は私が撮ったんだからバランスを取ろう」
「意味が分からない」
そう言いつつも別に否定する理由もないので、甲太郎はスマホを手元に用意した。
陽花の声に微かに興奮の色が混じってきた気がするし、
とりあえず水を差さないで従っておいた方がいいだろう。
こっそりと校舎裏を覗いてみると、森の前に立つ恵を発見する。
しばらく森の方を見つめていた恵だったが、一歩足を踏み出すと、
ガサガサと草をかき分けて奥に入っていった。
「……昨日みたいに飛ぶ様子はないな」
「そうだね」
「どうする?」
「……行くしかないよ」
陽花はそう言って、奥に続く獣道に足を踏み入れる。
その顔つきは真剣だった。
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