第2話 「水島くん家どっち?」
「……よく分からないな、これだと」
「ぶれてるから、あっつ、期待しないでって、あつあつ、言ったじゃん」
夕方のファミレスで、甲太郎は陽花の撮った動画を確認していた。
動画に映っていたのは走る陽花の手足と、これでもかというほど揺れる画面。
飛んでいたのは制服を着た黒いロングヘアの女子。
それ以上の新しい情報は得られない。甲太郎が自分で目撃したものとほとんど同じ光景だった。
「うーん」
甲太郎は頭を掻きつつアイスティーを啜った。
「大体の雰囲気は分かるんだけどなー、顔がないと特定は出来ない」
「もぐもぐ仕方ないねもぐもぐ」
「女子だけでも一学年百人以上いるから、聞きこむわけにもいかないな」
「はふ、根気がね、いるもんねはふはふ」
「俺の話聞いてくれてるのは分かるんだけどさ、ちょっと食べるのをやめてだな」
「えー、無理だよ」
陽花は目の前のハンバーガーにかぶりつきながらそう答えた。
「……ファミレスでハンバーガー頼むやつってあんまりいないよな」
「そう?」
「ハンバーガー食いたいやつって専門店に行くイメージ」
「あー、うん、そうだね。でもそういうとこの食べすぎて飽きちゃった」
「そんなに好きなのか? へえ」
「なんか意外そう」
実際、意外なのだ。
陽花は小柄な体型で、何となく儚げな雰囲気を漂わせているし、何となく食も細そうに見えた。
それが席に着いた途端、ハンバーガーとドリンクバーを注文した。
それ自体は、別にそこまでおかしい行動というわけではない。
……ただ、本当に席に着いた瞬間にメニューすら一切見ない早業の注文であった。
つられて甲太郎はドリンクバーしか頼めなかったほどだ。
「まあ、自覚あるけどねー。私ってけっこうそういう風に見られがちなの」
甲太郎の考えを見透かしたように言う陽花
「そういう風?」
「身体弱そうに見えるでしょ」
「……まあなあ」
「これでも生まれてこの方病気になんてかかったこと無いんだよ?
風邪ですら引いたことない超健康優良児ですよー」
陽花は笑いながら甲太郎を見る。
その笑顔だけでがらりと雰囲気が変わって今度は活動的に見えてくる。
「気に障ったか? 勝手に印象で判断したみたいで」
「話してるうちにその印象消えると思う。
私と初対面の人ってみんなそうだよ」
「もう消えかけてるからな」
「それはうれしい」
陽花はハンバーガーを食べ終わった手をウエットティッシュで綺麗に拭く。
そして、甲太郎が返したスマホを受け取った。
「うーん……やっぱり誰が見ても大したものは映ってないんだなあ」
「いや大したものは映ってるけどな? 女子高生飛んでるぞ」
「……いっそこの映像、どこかに売り込んじゃおっか」
「売り込んでどうすんだ」
「お金になるよ?」
「ならないと思うけどなあ、このブレブレだと……」
冗談だよ、と言いながら陽花はコーラをストローで吸い上げる。
「私たちってさ」
「うん?」
「割と好奇心だけで動いてるよね」
「……そう?」
「飛んでた人にも何か深い事情があったかもしれないわけだよ。
それを私たちは何となく気になるからという理由だけで正体を暴こうとしている……」
「さっき金で映像を売ろうとか言ってたやつの言葉とは思えない」
「すいません」
甲太郎は陽花の顔を見ながら考える。
自分はもしあの飛んでいた女子の正体を確かめたとしても、
誰かにそれをバラしたりだとか、そういうことをするつもりはない。
ただ、純粋にあの女子とその能力について話してみたいだけだ。
だが、陽花はどう思っているのだろう。
「佐倉って、もし正体が分かったら他人に話そうとか、そういうこと考えてる?」
「え?そんなことしないよ?」
陽花はテーブルに肘をついて指を絡め、じっと甲太郎の目を見つめてきた。
「だってもったいないよ、それ」
「もったいない?」
頬杖をつき、ストローで氷をかき回す陽花。
「ほら、私たちは"見ちゃった"じゃん。
そこが、なんか、他の人と違うというか……」
「特殊な体験をしたことが?」
「うん。
それで、できればその体験は、私たちの中だけで完結させたい、
っていうのかな……他の人に分けたくないっていうか」
「俺たちの中だけで、か」
甲太郎は陽花が言葉を選んでいる姿を眺めた。
「つまり、優越感か」
「う、否定できない。でもそんな感じかも。
なんか特別感がいいよね、みたいな」
「いいじゃないか、別に。
実際普通じゃなかなかできない体験してるんだし」
「それでいいのかなあ」
「別に綺麗さっぱり忘れてもいいぞ?
俺たちは苦労して調べなくて済む、あの女子は正体を知られずに済む」
「いやいや、そこは好奇心ですから」
陽花はきっぱりと言った。やる気満々、といった顔をしている。
「身近にあんな不思議なことが起きたんだよ? すごいよ」
「たしかに人が空を飛ぶのは不思議だなあ」
「今ここで調べなかったら、気になって仕方ないよ。
将来ずっとそんな気持ちになっちゃうよ」
「うーん、好奇心は魔物だな」
「だから、調べないっていうのはなし。
誰にも迷惑をかけない範囲で、私と水島くんでさ、やってみようよ」
今や陽花は身を乗り出して甲太郎に迫ってきていた。
こうしていると、本当にかなり積極的な性格なのが分かる。その宣言には強い意志を感じる。
「ああ、というか俺は元々協力してやってくつもりだったし。一緒に目撃した仲だもんな、あれ」
「そうそう。こんなこと見てない人に言っても絶対信じてもらえないよ。我々だけの秘密じゃ」
陽花は笑ってコーラのコップを掲げた。
甲太郎も手に持っていたアイスティーをそこに軽くぶつける。
どうやら、陽花との協力関係は正式に成立したらしい。
「……そういや、他に見てたやついないのかな」
「もし見てたら、私たちみたいにすぐに走ってきたと思うけど」
「めんどくさがりなら、見てても見間違いだと思って特に気にしなかったかもな」
「その可能性はあるねー。
でも、そういう人探すのって普通にあの女の子探すのと大して手間変わらなさそうだよ」
「そうかな、あれは森に面している場所からしか見られなかったはずだし、教室で聞いてみれば」
「『人が飛んでたの見ましたかー』って?」
「直球勝負かよ。さすがにそこまでする勇気ないぞ」
「『何か変わったことなかった?』くらいの聞き方ならいいかもね」
「それくらいはしてみるか……。けど、何も情報が無かったらどうするかな」
甲太郎は考え込んでしまう。
顔も名前も知らない女子を探すというのは、なかなか大変そうだ。
手当たり次第に動画を見せて聞き込むという手もあるが、
何しろ動画の中の彼女は空中を飛んでいるのだ。
これを見せるならば、この話についても自然に広まることを覚悟しなければならないだろう。
それは自分も陽花も望むところではない。
すると、残された手は少ない。
同じことを考えていたようでしばらく下を向いていた陽花だったが、
不意に顔を上げて神妙に口を開いた。
「ここは……照らし合わせ作戦だ……!」
「照らし合わせ作戦?」
「卒アルと照らし合わせながら動画と雰囲気が似てる人を探す」
「いやいやいや制服着てたろ。卒業するまで待つのか」
「そっかあ……」
「在校生目録みたいなのがあればまだ分かるけど」
「あ、それいけるんじゃない?高校ってそういうのちゃんとあると思うし」
「どこにあるか分からないが」
「職員室とか、生徒会室とか」
なるほど、と言い甲太郎は腕を組む。在校生目録を見てみるというのはいい手かもしれない。
髪型は当てにならないかもしれないが、大体の雰囲気が分かれば。
「それでいってみるか」
「決まりね。後はそういうの見せてもらう言い訳考えとかないと」
「言い訳ねえ……なんか上手く誤魔化せそうなやつ、か……」
「うーん」
しばらく陽花とあれこれと意見を出し合ってみるが、
確実性のありそうな案はなかなか浮かんでこない。
軽く伸びをすると、腕時計の文字盤が見えた。
「もう七時か……」
甲太郎が言うと、陽花もスマホで時間を確認した。
「あー……けっこう遅いね。気が付かなかった」
「どうする? 今日はそろそろ解散するか?」
「うーん、そうだね。私も今日は帰ろうかな」
荷物をまとめて立ち上がり、二人で店を出る。
甲太郎が店の裏に停めてあった自転車に乗って戻ってくると、陽花はそこで甲太郎を待っていた。
自転車を下りて、しばらく二人で並んで歩く。
曲がり角に差し掛かると、陽花は甲太郎に訊いた。
「水島くん、家どっち?」
甲太郎が来た道と同じ方向へ指をさすと、
「えー、じゃあここまで来ることなかったじゃん」
「……まあ、夜だし。行けるとこまでは一緒に行こうかと」
「つまりそれは、私を心配してくれたってことですか!」
「そう」
「あ、そういうはっきりした返しはちょっと照れちゃう」
電柱の明かりの下で体をくねらせる陽花の動きが面白いので、甲太郎は笑ってしまう。
「……でも、ありがとねー。私の家こっちだけど、もう大丈夫だよ」
「じゃ、俺はここまでってことで」
カゴに乗せていた陽花の荷物を彼女に渡し、自転車に跨る。
来た道を戻ろうとペダルを少し漕いだところで、後ろから明るい声が聞こえた。
「明日から、よろしくー!」
振り返ると、手を振って笑う陽花。ならばと、こちらもなるべく笑顔で手を振り返してやる。
その日初めて会った二人の別れ方にしては、なかなか悪くない感触だった。
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