ロズンドの場合
※先に最終章・人への旅立ち#2まで読んでおくことをお勧めします。
西暦3127年。5月15日。今日から、字の練習も兼ねて、市場で買ったこの何も書いていない鍵の付いた本に、日記、をつづっていこうと思う。
ウィリアン様やレオルドに、たくさん字や読み方を教えてもらえたおかげで、本を読むのは上達した。
字は文法やつづりを間違えるのがまだ多いから、どうしたらいいか二人にきいたら、日記という自分や毎日のことを書くのがあるのを教えてくれたから、そうすることにした。
僕は×××村の出身だ。母さんは僕の本当の父さんとはすぐに別れて、しばらく父さんみたいのがたくさんいて入れ替わったりしていたけど、僕が14歳の頃、「運命の人」と結婚した。
その、母さんの新しい夫で、僕の新しい父さんは、最初のひと月は僕に優しく接したけど、その
殴られるのはたまに、暴言はいつもだった。
母さんは前からあまりしていなかった家のことをますますしなくなって、父さんと一緒に僕を「奴隷」をもじった名前で呼んで、馬鹿にした。
僕は学校という所に行ってみたかったけど、家事と、日雇いの仕事はどうするんだと怒られて、行かせてもらえなかった。
父さんは色々あやしい事に手を出していて、全くお金が入らない時もあれば、中ぐらいの袋いっぱいに銀貨を詰めてくることもあった。
母さんは見ためが派手になって、気持ちの悪い声で父さんを呼ぶ。夜も隣の部屋からそれが響いてくる。
子どもの頃はそれの意味が分からなかったけど、父さんも母さんも家を空けていた時に遊んでいた近所の××君が、意味を教えてくれた。
僕は家にいたくなくて、日雇いの仕事に精を出した。
父さんに全部かすめられないように、自分のお金を上手く物置小屋に隠して、将来家を出るために頑張り続けた。
そんな頃に、僕は仕事で大ケガをした。
全身の骨がたくさん折れて、生きているのが奇跡と言われたけど、もう働けないかもしれないと言われた。
村の療養所である程度回復した後、母さんに支えられて帰ってきた僕を見て、父さんは激怒した。
役立たず、ただ飯ぐらい、×〇△□~…
覚えきれないぐらい、色々言葉をあびせかけられた、けど、なぜか涙は出なかった。母さんはどうしてか泣いていた。
腕が動くのは少しだけ、歩くのはゆっくりとだけ、それで母さんに助けてもらいながらしばらく暮らしていたけど…父さんはある日の夕方、僕の口を布で覆って、手足を縛って、借りてきた馬一匹の荷馬車に道具みたいに乗せて汚れた布で覆うと、どこかへ向かって出発した。
ガタガタ、ゴトゴト、揺れるのが長い間続いて、のどが渇いて苦しくなった頃、覆っていた布が外された。
水を下さい、と言おうとしたけれど…口の布は外してくれないまま、ずっと罵られた。僕は途中で意味を理解するのを止めて、目を動かして周りの景色を見ていた。
来たことがない場所。であって、異常な場所だった。
視線のいくことのできる範囲に、とてつもない霧の柱?が浮かんでいた。
僕の知っている霧は、自分の周りを包み込むもので、その中を歩いている最中に時おり塊にぶつかるぐらいだった。
でも僕が見ているのは…その塊を、まっすぐ空に向かってのばし続けてついには怪物になってしまったような…
『表現が上手いね。』
『あ‥ありがとう。』
父さんが言いたいことを全部言ったのか僕を置いて去っていった。
体が湿気でぐっしょり濡れて、眠くなってきた。そろそろ楽になれるのかな。そう思いながら僕は目を閉じた。
次に目を開けた時、僕は真っ白な部屋の中に居た。
いつものくせで目だけをきょときょと動かして周りを観察する。
ちょっと離れた場所にこっちに背を向けた女の人が立っていた。
「あ…の。」
「はいっ!起きたのね!自分の名前は分かる?」
大きな蒼い目をした金色で巻き毛の女の人がびっくりした顔で僕にかけよる。
「ロズンド…あなたは…」
「私はウィリアン。ここへ来た経緯はお父さんから訊いたわ。ここについての説明はながくなりそうだからまた後にするとして…何かご飯食べる?」
「父さんと話したんですか…ご飯より、水が欲しいです…」
「…お父さんはあなたを置いて帰ったわ。ひどい人よね。今用意するから少し待ってて。」
ぼんやりした頭がどんどんはっきりして、体の感覚が戻ってきた頃、腕に刺さっている針と紐みたいなのに気づいた。
「針が、これは何…痛い…」
「あ、これは体に水を入れるための装置よ。ロズンド‥あなたはひどい脱水状態だったから。でも水が飲めそうだったらもう大丈夫ね」
「何を言っているのか分かりません…」
僕の命の恩人、ウィリアン様が装置を外している間に、外から水やパンの入った籠を抱えた女の子、名前はナナヤ、が来てくれて、水を飲むのを手伝ってくれた。
そうして僕は元気になったあと、魔女のみんなの所へ連れていかれて、今楽しく暮らしている。
「読み終わった。」
「どうかな‥僕の文章…」
「意味もほとんど合ってると思うし、充分だよ。あえて言うなら、この言い方は―」
「‥ありがとう、レオルド。君は本当に賢いね。ウィリアン様に信頼されているのも分かるよ。」
「そんなことないよ。ただ本を読みたくて勉強しただけ…ロズンドも日記は続けながら、本を読むようにすればいいと思うよ。僕の持ってる文章がやさしい本があるけど、貸そうか?」
「ありがとう。ぜひお願いしたい。」
西暦3127年5月22日。ここからは僕の本当の想いを書こうと思う。この日記の鍵は絶対に見つからないような場所にしまわないと…
ここに本当に綴りたかった事は‥僕には、ナナヤという恋人がいること。僕とナナヤだけの秘密で、もちろんウィリアン様にも黙っている。
とても可愛くて美しい子で、僕は初めて見たときから好きになった。
気になって、気になって、積極的に声を掛けた。
野菜より花を育てる方が好きだなあ、と笑う姿や、嫌いだと言っていたにんじんの酢漬けを食べるときの眉間のしわや、時々昔のことを思い出して泣き叫ぶ姿でさえ、大好きだ。
もちろん恋人を作るのは初めてで…とにかく好きだ、可愛い、花みたいだってずっと言い続けて‥ようやく付き合ってもらえた。
僕らのデートはつつましやかだ。
食べれるきのこを探しているあいだ、こっそり手を繋いだり、野花で小さなブーケを作って贈りあったり‥ご飯を食べている最中でもこっそり目配せして好きって合図を送っている。
僕達は歳をとらないけど、僕らの仲は長年連れ添った夫婦の様な関係に近いと思う。これからもずっと、苦楽を共にするつもりだ。
でも…決して問題がないわけじゃない。ここでなら、言える、書ける。それは、―、僕らは夜逢うとき、決まった合図を送り合う。
大体は夜に皆が寝静まる頃に僕がナナヤの部屋のドアをゆっくり二回叩いて、少し時間が経ってから小さい声で僕の名前を呼びながら、ドアの鍵を外して出迎えてくれる。
ナナヤのベッドでずっと手を握りながら二人で並んで座って、他の部屋へ聞こえないように小声で今日の出来事を話し合う。
そのうちキスもして…、でも舌を入れた途端、突きとばされた。
「汚らしい。」
ナナヤは低い声でそう言った。ほとんど真っ暗な部屋の中でも分かるぐらいナナヤは僕を睨む。
「ねえ、私とセックスしたいって思ってる?」
初めてそうした日も言われたんだ。その時の僕は動揺して何も言えなくて、話は流れたけど…
「いけない…こと、かな。」
僕は怖かったけどそれだけ訊いた。
「当たり前でしょう?セックスは愛じゃない。ただの下劣な衝動よ。」
「下劣って…そんなことないよ。そ、それに、セックスしないと子どもは出来ないよ!大切な、愛の表現だ!」
「声を荒げるのはやめて。‥ここで暮らしていくのに子どもは必要ないでしょう。家族は皆がいる。」
「…君は、ずっとここで暮らすつもりなの?」
「ここでって、どういう意味?私達の居場所はこの森でしょ?」
「僕はっ、…将来、君と結婚して、この森を出ていきたいんだ‥僕ら、だけの家を建てて、子どもも作って、幸せな家庭を…」
「もう私は幸せよ!ここを出ていくなんてありえない!それに、ウィリアン様に恩を仇で返すつもり?」
「ウィリアン様なら、きっと僕達のことを分かってくれるよ…僕は、ナナヤと愛を築いていきたいんだ‥」
「それならなおさらセックスはいらないわ。私とロズンドに必要なのは愛を育てていくことよ…そこには二人だけでいいの。あとは、支えてくれる仲間達がいれば、満たされる‥」
「………」
「今度から、軽いキスのみと、体をいやらしい触り方をするのは絶対止めて。オナニーは一人の時だけ!目の前でしないで。」
「…」
ナナヤがしっかり僕の手を握って、見つめてきた。
「二人だけの形で、愛を育てていこうね。私がローズを導いてあげるから、怖がらなくていいよ。」
「……恐く、ないよ。」
ナナヤの言っていることがなんにも理解出来ないまま、何とか手を握り返して、僕らはただ抱き合ってベッドに転がった。
ナナヤが眠りにつくまで、楽しそうに何かひそひそ僕に話しかけていたけど、何を聞いたか返事をしたか覚えていない。
僕は、ずっと、ナナヤと愛し合えないのかな。こんなに、お互い、想い合っているのに?
この時から今でも、その思いが心の中から消えてくれない。
本当は…ナナヤの背中を見るたび、髪の匂いをかぐたび、想像してしまう。
‥、、ナナヤの服を手で引きちぎって、その中にある胸を揉んで、吸いついて、肌を撫でまわして、女だけにある穴の中に自分を入れたい。
このあいだ闇市でこっそり買った、艶のある表現が含まれた小説の主人公達を自分達に置き換えながら想像し続ける。
中に入ったら激しく動いて、汗をぐっしょりかいて、息も匂いも一つの生き物になるまで続ける。
そして一度果てたら、もっと、もっと、一つの
ふと我に返って、自分のものを見ると、いった覚えもないのに‥白い液で下着がぐしょぐしょに濡れていた。
僕は大きく息をはいて、服をすべて脱いでベッドに寝転がった。
部屋に備えられている机の引きだしから取り出した、ナナヤが挿してくれたでこぼこな刺繍付きのハンカチの匂いを思いきり吸い込む。
ナナヤ自身の匂いとラベンダーの香りを感じて、僕の先端はもっと立ち上がって震えが止まらなくなる。
「大好き。愛し合いましょう。」
ナナヤの綺麗な声がすぐ側で響いてきて、僕が握り締めていた
上下にしごいて、ナナヤの感触と温度を堪能し尽くすと、やがて僕は果てた。
どろどろになったハンカチを見て、僕は一度我に返る。
きっと本当のナナヤは‥こんなざらざらしてない、柔らかい、もっと中だってとろけそうに熱いはず…
そう思っても、あとの僕に出来るのは、こっそり一人でハンカチと下着を洗いに行くことだけだ…
西暦3127年。5月25日。今日は珍しくナナヤと二人で小川で洗濯する日だった。洗う速度を落とさないように気をつけながら、合間をぬってキスをする。髪を触り合う。
ナナヤが僕への想いを綴った詩の手紙をくれた。ここに書き写す。
″私のローズ。愛しいローズ。
いつも朝起きて一番に、あなたの顔を想い浮かべます。
朝の食堂で再会出来るまでの間すら待ちきれなくて、時が早く進めばいいのに、と精霊に祈らずにいられません。
花の手入れをしていると、このスミレはあなたの笑顔にそっくりで、私まで笑顔になります。
すぐ隣にある畑のにんじんの葉がつやつやひかり輝いていると、私の料理当番にあなたへキャロットケーキを食べさせてあげたいと、うずうずします。
あなたの光と影は、この館のすべてに存在しています。
私が何かに怯えている時、あなたは光になって、私を抱きしめてくれて、私が誰かと喧嘩した時、優しい言葉で諫めてくれます。
ずっとあなたに恋していましたが、今は愛に変わりました。
これからも私は月を見つめながら、あなたが来るのを待ち続けます。
あなたに永遠の
嬉しかった。嬉しかったけれど…あまり意味が分からない。
しかもこの詩に対する返事が欲しいと言われた。正直、苦痛だ。……今度闇市に行く時、恋愛小説を買ってそこから引用しよう。
どうしてこんな手紙をくれるくせに、身体を触らせてくれないんだろう。昔、叔父や他の男達に乱暴されたとは聞いたけど…
僕が愛してあげれば、そんなこと上書き出来るのに…
そう伝えても、全く聞き入れてくれない。その話題になると怒りだすか、ひどい時は吐いたりする。
可哀そうだとは思う…けど、けど!ナナヤの身体は眺めるだけでも魅力的で、僕はまだ若い、健康的な男で…
僕はただ、人並みの幸せを手に入れたいだけなんだ…
なんだか…書いているとひどく気分が落ち込んできた。
これからは眠る前に、恋愛とは関係ない冒険小説でも読もう…またレオルドに良い本を借りないと。
いつか、僕の心が平穏になる日が来ますように…
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