僕の女王

※先に最終章・人への旅立ち#13まで読んでおくことをお勧めします。







「リル‥からだがちくちくするよ‥ささくれ、とって…」

「ささくれじゃなくてガラス。私の手が傷付くから嫌だわ。食べるのも駄目よ。放っておいたらそのうち取れるから気にしなくて良いの。」

リルティーヌは甘い声で囁いて、…名前はえーと、リーニャ?から生える木の枝に座りながら彼の上半身を抱くように絡みつき、頭を撫でた。彼の背中にあるもう一つの口がもぞもぞと動き、硝子の破片を遠くに飛ばす。

その一つが僕の足元に転がってきた。…この硝子を細かく削って穴を開けて、ネックレスにしたい…そんな事をいまさら思いながら、二人に向かって投げつけた。

硝子は届かず二人の後ろに転がっていったけど、気づいたリルが振り返った。

「ヘンリー…何その汚い格好?臭そうだから近寄らないで」

リルが心底蔑んだ目で僕を眺める…いつもの流れだ。

「僕は愚者…リルティーヌ、お前を導きに来た。」

「はぁ…?何の遊びなの?私、忙しいのよ」

「お前は、僕の女王…」

「………」

リルが初めて僕をちゃんと見てくれた気がした。だって、リルはいつも僕のことは肉の人形としてしか見てくれなかったから…

「私達に加わる気になってくれたの?ていうか、私が…何をしようとしてるか、解ってる?」

本当は、分かってない。でも知っている、リルはもう…僕なんかが近づける人じゃないってこと…

「劇はもう始まってる…後は、お前にこれを届けに来たんだ…」

リルにもう一度近づいて箱を差し出した。

リルのくるくるした睫毛、つるつるした絹の様な髪、ベリーみたいな色艶の唇…産毛が細かく生えた頬っぺた…

その全部は、もうこの箱に隔てられて、僕のものにはならない。

「このにおいは…ヘンリー!ヘンリー!!あそびにきてくれたの!?」

木のつるの塊みたいだった…ラージャ?が叫んで、本体が下の方から出て来た。

「ルージャ‥君の分はないよ。」

リルは怪訝な表情を崩さないまま、箱を受け取る。そのまま僕からも視線を外さず、箱を開けた。

「…‥この、輝いてる布…見たことあるわ…」

この森の木達の輝きと同じ種類で、特殊な木からじゃないと採ることの出来ないらしい、森灯もりあかりの布。

今は採れないからとても貴重な布だけど、日頃頑張ってるからって特別にウィリアン様がくれた布を使ったドレス…

赤い箱を地面に置くと、リルは事もなげにその場で服を脱いで、ほぼ裸になった。

素材の輝きを生かそうと極力薄く作った為に素肌が透け、僕の目の前で、女王の白い肌が森の輝きと同化していく。他に作った赤紫のローブも赤いヒール靴も堂々とした動作で身に着ける。

「…私昔サイズを測られた頃より背も伸びたし身体つきも変わったんだけど…ぴったりね?」

「リルが意地悪くて測らせてくれないから…手の感覚だけで測った。」

体も佇まいも隙が無くドレスを着こなす姿は女王として完璧だった。

「だから最近しつこかったの…変態。」

「リルー!!!おなかすいたよ!!!…そのキラキラ、おいしそう…」

「ドレスは食べ物じゃないわ。」

「おなかすいたっ!!!でもあしもいたいし、ぼく、もううごきたくない…」

背中に木の枝を背負った彼は崩れるように地面に寝そべって、木の枝も少し大人しくなった。

「研究室まで距離あるのよ?本当は走ってほしいんだけど…」

「どうしたの。」

「リージャはこの身体として覚醒してから、莫大なカロリーを消費するから…何か食べないと危ないかもしれないわ。」

「何か…」

「出来れば同種の生き物が良いみたい。さっきレオルド辺りを襲おうとしたんだけど邪魔されちゃって…もっと本気をだせばいけたんだろうけど、この子が怯えてね…まだまだメンタルを鍛える訓練をしないと。」

「僕の女王。」

僕はリルの手を取ってひざまずかずにいられなかった。リルは無言で僕の目の奥を覗き込む。

「僕は愚者…きっと…お前に仕える為に、今まで生きてきたのかもしれない。こうやって、僕の愛しい人に…自分の服を着て、人生を歩んでもらう為に…」

「だから?」

「…だから、僕の命を、お前の好きに使って欲しい。」

「………。」

ヘンリーが空腹のあまり、背中にある口にそこら辺にある木の枝を放り込み嚙み砕く音が僕らの周りに流れている。

リルの手に額を擦りつけた。お返しのように髪を引っ張られた。

反動で顔を上げると、いつも僕にだけ見せていた、いらいらした表情とは違う、穏やかな目つきをしていた。

いつか…ずっと僕に見せてくれないかと願っていた、表情。

「ありがとう。大切に使わせてもらうわ。」


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