魔法少女、最終決戦(後編)

 紅茶が冷めては美味しくないだろうとばかりに、理事長はカップに口をつけた。

「ページを破いた犯人が私だと仮定して、それがどうしたというのかね」

 やや怒気を含む声色だ。

「私に何かを悟られたくないからではないでしょうか。たとえば、タイムリープ研究の下位互換としてパラレルワールド研究が始まったということを知れば、本来の理由が露呈すると懸念した」

 麗はソファーに座ると、紅茶を一口啜り、話を続けた。

「本来の理由は、国を強くするということではないのでしょうか? タイムリープが可能なら、戦争などの歴史を塗り替えられますが、研究は頓挫した。そこで、パラレルワールドの研究にシフトチェンジした」

「パラレルワールドの研究が、なぜ国が強くなるのだね?」

 理事長はむっつりとした表情で聞いた。

「パラレルワールドを覗くことができれば、国同士の色々なパターンの勝ち方、負け方が学べるはずですわ。統計も捗ることでしょう。直接的に塗り替えられないので、研究内容は下位互換ではありますわ」

「ページを破ってまで、隠す必要はないのでは?」

 彼は顎髭を触りながら反論した。

「そのままの内容であれば、そうです。しかし、おじさまは『麗は深堀してしまう』と考えたのですわ」

「……」

 叔父は再び黙った。

「おじさまの懸念通り、私は思考を進めました。パラレルワールドを観測するのが本来の研究ではなく、と考えを改めましたわ」

 麗は入れっぱなしになっていたティーパックをカップから取り出した。

「発生しているもの、それは化け物、魔法少女たち。化け物は扱いが難しいでしょうけど、魔法少女であれば人間なので扱うことができる。そこで思い出したのは、パラレルワールドからきた明さんの存在」

 理事長は険しい顔つきをして、姪の話を聞き続けていた。

「パラレルワールドの明さんがこちらの世界にきたのは偶発的ではなく、意図したものであること。その現象はパラレルワールドの理事長の指導のもとに行われたということ。戦力をひとつのワールドに集めるということ。まさに国が強くなるということ」

 麗はゆるゆると頭を動かした。疲れが出てきていた。

「それが出来るということは、各パラレルワールドの理事長は連絡手段があるということ。ひとつのワールドを――この世界――を強くすることが目的で密に連絡をとって戦力を一極集中させている。私たち、茜ちゃんも希ちゃんも、元はパラレルワールドの戦士で、入れ替わっているのではないのでしょうか」

 麗の独壇場で、理事長は黙秘を続けていた。彼女は立ち上がり、電気ポットに近寄り、二杯目の紅茶に手をつける。

「二番目の明さんがこちらに来た時、『魔法少女は私だけだった』という言葉がずっと引っかかっていたのです。どうして、パラレルワールドでは一人しかいなかったのだろうと。でも、実際は逆だったのですわ。のですから」

 麗はティーカップを持ち、ソファーに再度着席した。

「また、明さんは元の明さんと記憶が混ざり、定着しようとしていた。矛盾がないように定着してきている様子でしたわ。これは、おじさまたちが故意にやっているのではなく、パラレルワールドからこちらに来た際に発生する、矛盾の修正力みたいようなものだと思われます。タイムパラドックスでいうところの事後選択モデルのようなものかしらん」

「面白い話だな。麗」

 理事長は口を開いた。

「だとすれば、君もパラレルワールドから来たというのかね? その記憶があるとでも?」

 彼の言及に、麗は首を振った。

「いえ、記憶はありません。うまく定着してしまっているのか、それとも元々この世界にいたのかは判断できません。ただ、言えることは、おじさまのやろうとしていることは国が承認しておらず、戦力をどのように扱うかはおじさま次第ということですわ」


 しばしの無音の後、理事長は立ち上がった。

「大変、有意義な時間だったよ。麗」

 彼は拍手をした。

「認めるということですね?」

 麗が言うと、理事長は顔をしかめ、胸に手をあてた。

「君の夢想だよ。現実にはそんなことはない」

 彼の様子がおかしい。息が荒くなってきた。

「おじさま? どうしました?」

 麗は声をかけるが、理事長はその場で胸を掴みながら崩れ落ちた。

「だれか! 誰かきて!」

 麗は救護を呼んだ。

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