魔法少女、最終決戦(前編)
月曜日、麗は登校しなかった。厳密には登校しなかったのではなく、夕方に誰にも見つからないように校内に入ると、理事長室に来ていた。
深呼吸をしてから彼女がドアをノックすると、毎度おなじみの「どうぞ」というバリトンボイスが中から返ってきた。
「失礼します」
麗が一礼して入ると、理事長は窓外を眺めて立っていた。
「今日は、授業にでなかったようだね」
麗の叔父――理事長――が言った。
「はい。諸々準備をしておりましたので」
麗は怒られると身構えたが、そのようなことはなく、彼はゆるりとソファーに座った。
「君も座りなさい」
理事長は指示した。麗は対面に座る。
「それで、わざわざ改まってアポをとってまで、用件はなんだね?」
彼の威圧感のある声に、麗は一瞬怯んだが口を開く。
「魔法少女のこと、研究のこと、色々あります」
凛とした声で彼女は言った。
「でも、まず一番に、明さんについてです」
「ほお」
彼は顎髭を触った。
「おじさまは、先日、中庭で明さんを激励しましたね」
「ああ。したね」
理事長はせわしなく髭を触っている。
「それがどうかした?」
「私は、あの時、異常な違和感と不安が入り混じったわ。それが何かわからず、夕方に気づいた」
麗はキッと目を凝らして叔父を見た。
「おじさまは、明さんがなんらかの不幸が及ぶであろうと、あの時知っていましたね? あるいは予測できていましたね?」
麗の質問に、
「なんのことだ。よくわからん。そもそも、彼女はあの日、何も起きていなかったではないか」
理事長は肩を竦めた。
「私が止めましたから、何事もなかったのですわ」
彼女は続けて言う。
「あの日、私は明さんを追い、一緒に夜を過ごそうと提案しましたわ。また、同時に、残された明さんの家族を見張っておくように横田さんに協力していただきました」
「紅茶を淹れようか」
という理事長の提案に、麗は彼を手で制し、鞄からミルクティーのペットボトルを出した。
「その時、思い出しましたわ。明さんが魔法少女として強いのは、パラレルワールドの明さんが何人も亡くなっているからだということ。しかし、それはこの世界でもいえることであって、明さんは不幸にあい亡くなる可能性が高いということに気づきました。実際、一度戦闘中に自ら死を選びました」
麗はキャップを空け、ミルクティーを一口飲んだ。
「そして、おじさまはそれが直近で起きるような激励の仕方をした。同時に明さんが『父親を含めた家族でディナー』という話を聞いて、一家心中などの発想をするのは愚かなことでしょうか?」
また、彼女はミルクティーを含んだ。
「おじさまがそれを予見できたのは何故かと考えましたわ。それで、あることを思いついたのです」
麗はふうと一息つくと、言った。
「おじさまは、他のパラレルワールドの自分自身と連絡手段があり、この世界で起こりうることを予見できたのではないかと」
しいんと静まり返った後、理事長は「はは」と声に出して笑った。
「いや、麗は凄いな。発想力が。もし、そうだとしても、何故、未来がわかるのだい?」
彼は試すような口調で言った。
「簡単です。他の世界の自分と連絡がとれるなら、複数のパラレルワールドで起きていることを合わせてみて、ほぼ同じことが近々起きるのではないかと計算できるはずです」
麗は一旦ミルクティーに目を移すと、再び理事長に真剣な眼差しを向けた。
「何故ですか?」
麗の問いに理事長は顔をしかめ、
「一家心中を止めろという意味かね?」
「違います。何故、パラレルワールドの自分と連絡がとれるような仕組みになっているのですか? おそらく、国は認めていない事項ですよね?」
「……」
理事長は意味ありげな笑みを浮かべたまま、沈黙した。
「そこで、私は色々調査しました。気になったのは、破られた魔法研究系の資料です」
麗は鞄から魔法研究会の資料を出した。
「不思議だったわ。誰でも手に取れるような形の資料を、どうしてか数ページ破られていた。昔からある資料なら、幾人もページは見ているはずなのに」
麗の言葉に理事長はじっと耳を傾けていた。
「そこで、この学園に昔在籍していた生徒を尋ねましたわ。現在は20代の女性ですが、彼女が言うには『当時は破られていなかった』とのことでしたわ」
麗は資料をペラペラと捲った。
「ここには、過去に魔法研究会がタイムリープの研究をしていたことが書かれていたことを教えていただきましたわ。おそらく、プロジェクトφもタイムリープを研究していたということでしょう。しかし、現実不可能もしくは困難な事態に陥り、研究チームはパラレルワールドの方へシフトした」
麗はミルクティーをごくごくと飲み干した。この甘さが疲れた脳にてきめんだ。
「破った犯人は、このページを特定の人物に見られたくなかった。そう、今年の新入生の中の誰かに」
麗は立ち上がると部屋の隅にある電気ポットの傍にいき、二人分のティーカップに紅茶パックを入れ、お湯を注ぐ。
「その新入生は私ですよね? そして、破った犯人は理事長、おじさまでは?」
テーブルに置いたティーカップの紅茶が揺れていた。
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