魔法少女、決戦前日

 麗は前日の約束通りに茜と共にK市に出掛けていた。駅前まではいつも通り横田の運転する車で送ってもらった。

 豪奢な駅から直進800メートルを歩き、右折後ほどなくして、目的の店に到着した。少女たちが何度も来ているフルーツパフェの店だ。

 店内の椅子に着席すると、茜はジャンボフルーツパフェを、麗はプリンパフェを注文した。

 パフェに舌鼓を打ちながら、

「明日、何かあるの?」

 茜は切り出した。

「え、どうして、そう思うのかしら?」

 意外な切り口に麗は虚をつかれた。

「だって、麗ちゃん、何かを決意したような顔しているし」

 茜はフルーツを咀嚼した。

「あら、そんなに厳しい表情をしていたかしらん」

 麗は自分の口元をぷにぷにと触る。

「あまり思いつめると、眉間にシワできちゃうよ」

 茜は顔をくしゃりと歪めた。

「ご忠告ありがとう。ふふ」

 麗はクールビューティに応えた。このように随所に笑いを挟む茜が麗は好きなのだ。

「それで、何があるの?」

 茜の疑問に、麗は顎に手をあて、

「そうね。ゲームで言うと、ラスボスと対決するようなものだわ」

「え! ラスボス!」

 茜は瞳孔を開いた。

「私一人で十分だから、心配はいらないわ」

 麗がアイスティーを一口飲むと、茜はオレンジジュースを飲み干し、

「私も行くよ!」

 気合充分に言った。

「大丈夫よ。ただの話し合いだから、殴り合いにはならないわ。私一人の宿題ですわ」

 麗はグラスの液体をストローでかき混ぜた。

「私に何かできることある?」

 茜が聞くと、

「ないわ。いつも通り過ごせば問題ないわ」

 麗は首を振り、微笑した。

「わかった! いざとなれば理事長もいるもんね!」

 茜の言葉に、

(その理事長がラスボスだわ)

 麗は内心呟きながら、

「茜ちゃん。オレンジジュース、お代わりのオーダーはいかが?」

 ドリンクの心配をした。


 フルーツパフェの店を出ると、二人は街をぶらぶらと散策した。特に目当てのものはないが、一緒にふらりと雑貨屋やアパレルショップを入っていくだけでも楽しい。

「この象さんのシール可愛いね。買って、何か張っちゃおうかな」

 ファンシーな象のキャラクターが全面に描かれたシールを、茜はまじまじと見ていた。

「あら。いいと思うわ」

「こっちもいいなぁ」

 次は、ファンシーな兎のキャラクターに目を奪われていた。

 その時、少女たちのスマートフォンが揺れた。化け物の出現を知らせる通知だ。

「近いわね。行きましょう」

 麗が先達し、茜は後ろをついていく。

 化け物は靴屋にいた。脚が何本もある蛸のような軟体な魍魎で、肌は茶褐色、頭部は人間の髑髏が複数埋め込まれていた。

「たこ焼きにして食べたくないなあ」

 茜は感想を漏らした。

「私も同感ですわ」

 麗も拒否感を示した。

 蛸の化け物は自分のお気に入りの靴を探しているようで、

「ぎぎぎ」

 と言いながら店員に迫っていた。”俺に合う靴を寄越せ”と喋っているようだ。

 店員が四足ほど履かせると、蛸は満足げに眺めて脚を踏みしめた。

「ぎっぎぎ」

 更に”同じものを持ってこい”と喋っているようだ。店員は「少々お待ちください」とバックヤードに逃げて行った。

「いまだ」

 茜は蛸の脚を掴み、店外へ放り投げた。

 麗は氷の剣で斬りかかろうとしたが、蛸のヌメヌメな脚に捕まってしまった。

「くっ。気色悪いですわ」

 麗は脚に締め付けられ、喘いだ。

「たあ」

 麗を掴んでいる脚の根本を茜が炎の剣で切った。

「ありがとう。茜ちゃん」

 麗を言うと、二人は横並びで剣を構える。

「せーの」

 二人は交差して化け物に斬りかかる。化け物は標的を定められず、隙ができ、二人に瞬く間に細切れにされた。

「やったね」

「倒しましたわ」

 彼女たちはハイタッチした。


 * * * * *


 夕方になり、茜と麗が駅のロータリーで待っていると、横田が運転する迎えの車がきた。

「さ、帰りましょう」

 麗が先に後部座席へ行き、続いて茜が乗り込む。

 車は発車し、茜の家へと向かう。

「今日は楽しかったわ」

 数分の沈黙のあと、麗が言った。

「私も楽しかったよ!」

 茜は磊落に笑った。

「茜ちゃん」

「なに?」

 麗の真摯な眼差しに、茜はドキリとした。

「私に何かあった場合、明さんと希ちゃんをお願いね」

「どういうこと?」

 茜の疑問に、麗は笑って誤魔化す。

「もしも、万が一を考えただけだわ」

「……」

 茜は首を捻り、訝しげに麗を見つめた。

「よくわからないけど、私は麗ちゃんの味方だし、他の二人も友達だから守るよ!」

 茜は右手で彼女の左手を握った。

 がたんと車が揺れた。舗装のされていない田舎道にきたようだ。茜の家は近い。

「おじさまの学園に入り、色々とあったわ。楽しかった」

 ガタガタと車体が揺れる中、麗の目も揺らめいているようだ。

「うん。楽しかったし、これからも思い出を作ろう!」

 茜は目を輝かせて言った。

 麗は無言のまま頷いた。車は停車した。

「着いたわ。また明日ね。茜ちゃん」

 麗はにこやかに笑った。茜は下車する。

「また明日! 学校で会おう。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 窓越しの挨拶を終えると、車は発進した。

 麗は振り返ると、茜は家に入らず手を振っていた。彼女は車が見えなくなるまで振り続けていた。

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