魔法少女と餃子(後編)
ジューシーな餃子を堪能した少女たち一行は、満足げに車に乗り込んだ。運転手の男もカウンターでたっぷり平らげたようで、恵比寿顔をしていた。
「さっき、お持ち帰り用の餃子を買ってなかった?」
茜は助手席に座る麗の手元を見ながら聞いた。それらしい袋は持っていない。
「冷凍餃子を自宅に届けていただくよう手配したわ。お家でも作りたくて」
麗はにこやかに答えた。
「ああ、なるほどー」
茜は右手で判子を押すように左の掌を叩いた。
「折角だから、21世紀美術館も寄ろうかしら?」
麗の提案に、
「さんせー」
茜は手を挙げた。希と明は首肯した。
「では、横田さん。お願いします」
車は美術館へ向かう。
* * * * *
21世紀美術館は丸い形をした美術館で、現代アートをメインとしている。
茜にとっては理解できない作品が多かったが、プールの中を潜る疑似体験ができる作品は喜んだ。
「わあ、凄い」
茜は感嘆した。予約制なのだが、麗は事前に予約をとっていたので難なく入ることができた。
「おーい」
上にいる明と希が手を振っていた。水中のようにぼんやりと姿が見えた。あちらからは茜と麗は海女のように見えることだろう。
「本当に海の中にいるみたい」
茜は黄色い声をあげた。
「じぇじぇじぇ」
朝ドラをきっかけに流行った言葉を口にしながら、茜は踊りだした。
「あらあら」
麗は彼女の姿を微笑ましくみていた。
その時、外から悲鳴が聞こえ、同じように楽しんでいる客がいるかと思ったが違っていた。
「茜、麗、奴らがでたぞ」
明が小走りで叫んできた。
美術館の外にある歩道は、逃げ惑う人でごった返していた。少女たちは人々の恐怖の元となっている場所へ向かう。
「オラオラ」
カラス男が部下らしきイノシシ男を二体引き連れて暴れていた。
「やめろ」
茜が声を荒げ、変身カプセルを嚥下する。麗と希も倣う。
明はここでもカプセル不要で問題なく変身できた。
「またお前らか」
カラス男はげんなりした。
「それはこっちのセリフ」
明はカラス男に光の剣で挑む。ひらりと彼は避けた。
茜はイノシシ男Aと戦い、希はイノシシ男Bと戦っていた。
「やあ! よお! はぁ!」
茜は炎の剣を振り回すが、簡単には当たらない。
「いっけー」
希は熊を召喚し、イノシシ男Bを攻撃していた。熊の一発がイノシシ男Bに当たると、ぶっ飛び、イノシシ男Aと絡まった。
そこをチャンスとばかりに、二体もろとも茜は切り刻んだ。化け物二体は倒せた。
「あの女はどこだ?」
カラス男が明と交戦しながら、麗の存在を確認した。
「ここよ」
声に反応し、空を見上げると、カラス男の頭上に麗はいた。麗は三角錐の巨大氷柱に乗って落下してきた。
着地点はカラス男で、見事に彼の体を貫いた。
「馬鹿な、どうやって……」
「希ちゃんの鳥の群れたちに空高くあげてもらって、巨大氷を作り、そのまま落下したのよ」
麗はかいつまんで説明したが、その前に化け物は霧散してしまった。
「折角、楽しい気分だったのに。野暮な輩ですこと」
変身が解け、麗は言った。
「じゃあ、また、パフェ食べに行こうよ!」
茜は提案したが、他三人は乗り気ではなかった。
「あれ、どうしたの?」
茜は首を傾げた。
「いやー、甘いものは別腹っていうけど、餃子食べ過ぎた感が……」
明は頬をひくひくとさせ、「まだ食べるのかこいつ」と言わんばかりだ。
「まだお腹がきついわ」
麗はお腹を擦った。
「うん。まだ残っている」
明と麗は本音だが、希は体重計を気にしている。
「えー、つまんない」
茜はむくれた。
「そうだわ。茜ちゃん」
麗は茜をなだめる。
「明日の日曜日、私とパフェに食べに行くわ。お時間よろしくて?」
「え、先輩と希ちゃんは?」
茜は二人を指差した。
「ごめん。私は用事あって無理なんだ」
「私も」
明は手刀を切り、希は苦笑した。
「あ、そうなんだ……。先輩は、でーと?」
「違うわ! 家族で出かけるんだよ」
明の発言に麗はピクリと眉を動かした。
「あ、といっても、この前のように親父はいない。母親の買い物に付きあわされるのさ」
明は肩を竦めた。麗はほっと胸を撫でおろしていた。
「じゃあ、親孝行頑張ってね」
「おう」
明は茜にグッドポーズをする。
麗のスマートフォンのバイブレーションが動いた。マナーモードにしていたので、音はでない。小橋からLINEでメッセージが届いていた。
小橋:おーい。麗さまー。助けてくれー
麗:いま、いいところなので、邪魔しないでいただけるかしら?
小橋:影みたいな化け物がうじゃうじゃ湧いて、倒せないよー
麗:はあ
小橋:助けてくれー
麗:いざとなれば黒服の屈強な男たちが助けてくれますので大丈夫です
小橋:そんな男いない
麗:います
小橋:そんなこと言わず、助けてくれよー
麗:餃子美味しかったです
小橋:はあ?
麗:大奈々餃子、小橋先生も好きでしょ?
小橋:好きだけど、いまはそんな余裕ないからたしゅけて
* * * * *
「なんだよ。助けにこいよ!」
マキビシ仮面こと小橋はスマートフォンを地面に叩きつけた。
(あ、まだローンで分割払い中のスマフォ……)
一瞬で自分の行為を内省し、手に取り、ひび割れなどがないか確認した。
「ぐえ」
人影軍団に殴られ、校庭の端まで彼は転がっていった。
「くそー、屈強な黒服の男たち、助けてー」
「はっ」
どこからか、黒服を着た筋骨隆々の男たちが現れた。それぞれチームとなり、30体ほどいる影の化け物を倒していった。
「なんだよ! いるなら、最初からそうしてよ」
小橋は訴えた。
「いえ、簡単に手を出すなと理事長から言われております。忍術の修行にもなると」
リーダー格らしき男が言った。
「俺は忍者じゃねーよ! 残業代、たっぷりとってやる!」
小橋は叫び、またしてもスマートフォンを地面に叩きつけた。今度はパックリと亀裂が入った。
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