魔法少女と餃子(前編)
土曜日の午前十時半を過ぎた頃、茜は自宅前に立っていると、ワゴンタイプのシルバーの車が目の前で止まった。
「ごめんなさい。三分ほど待たせたかしら」
麗が助手車の窓から顔をだした。
「大丈夫! それほど待ってないよ」
茜は快活に言った。
「さ、乗って」
「お邪魔します!」
後部座席の左側のドアを明が中から開け、茜は乗車した。奥の席に希が座っている。
目的地の餃子の店はI県K市の繁華街から離れた場所にある。学園からは比較的近く、車を走らせて40分程度で着く。
「そういえば麗ちゃんは、大奈々餃子は初めてなの?」
茜が聞いた。
「ええ。初めてよ」
助手席の麗は後ろに首を捻りながら答えた。
「初めてなんだ。ふふふ」
茜が不敵に笑うと、明は何かを察し、
「ああ。そういうことね」
納得したようだ。
「あら、なにかしら」
麗は怪訝そうな声を出す。
「私も初めてで」
希が言う。
「元カレが行こうって言った時は、全力で拒否したよ」
彼女はあざとい困り顔を作った。
「あれ、希ちゃん。餃子嫌いなの?」
茜は首を傾げた。
「あ、そうじゃなくて、デートに餃子っていうのが嫌で……」
希が弁明すると、
「あら、私たちもデートみたいなものよ」
麗はうふふと微笑んだ。
「女の子同士は別だよ。むしろ、餃子好きだし」
希はフグのように頬を膨らませた。
「え、なんで、デートで餃子ダメなの?」
茜はまだ疑問に思っていた。
「そこ、ひっかかるとこ? まあ、デリカシーのない茜にはわからないか」
明はからかった。
「なんだよー。先輩。私だって、いたいたな女の子なんだから」
「それを言うなら、”い・た・い・け”」
茜の間違いに、明はすかさず訂正した。
その後も他愛ない会話が続き、ほどなくして大奈々餃子に到着していた。
「こういう外装なのね」
麗が店舗を見上げていった。大奈々餃子は二階建てのビジネスホテル風の趣があり、看板がなければ一見して飲食店とは気づかない。
「あら、お持ち帰りもできるのね」
歩道に面したお持ち帰り用の窓口を見ながら麗は言った。焼きたてだけではなく冷凍餃子も購入できる。
「横田さんも一緒に食べるの?」
運転手の横田も店舗に入ろうとするので、茜が聞いた。
「いえ、私はカウンターです。お嬢様たちは二階で楽しんでください」
店は一階のカウンターと二階の座敷スペースに分かれている。二階は有料席だが、くつろげる個室となっており、平日の昼間でも大盛況だ。
「へえ。素敵ね」
麗は座席スペースに座ると感嘆した。眺めもよく、木々や川が見え、ホテルの和室のようだ。
「うん。これならもっと早く来ていればよかった」
希も同調した。
突然、少女たちのスマートフォンがけたたましく鳴った。
「あら。空気読めないわね。学園で化け物出現ですって」
麗はうんざりした顔で言った。
「え、どうしよう」
茜は慌てて立ち上がった。
「待って。休日出勤で小ば……ではなく、マキビシ仮面がちょうどいるから、なんとかしてくれるわ」
麗は茜を制し、再度座るように手で促す。
「そっか。じゃあ、安心だね」
茜はメニューをとって目を輝かせた。
* * * * *
「なんで、休日でも湧いてくるんだよ。こいつら」
小橋ことマキビシ仮面は毒づいた。黒い人影のような異形のもの六体がゆらゆらと彼を囲んでいた。
「しかも、想定したかのように休日出勤させやがって」
先日支給された忍者用の小太刀で化け物たちをなぎ倒していくが、すぐにまた化け物たちは復活していた。
「どうすりゃいいんだよ、これ。魔法少女はいないし」
さきほど、麗にLINEでメッセージを送ったら、既読無視された。
「残業手当と、ボーナス、たっぷり貰うからな。ちっきしょー」
* * * * *
少女たちは、ホワイト餃子を三人前、水餃子を二人前、オーダーした。ホワイト餃子とは、俵のような形をした厚い生地にたっぷり具材が詰め込まれたものだ。
五分ほどすると、品物が次々とテーブルに並んだ。茜と明はライスも注文していた。
「わあ、美味しそう」
茜は垂涎していた。
「それでは、頂こうかしら」
麗の合図で、「いただきます」と全員で合唱した。
茜と明は、箸をつけず、ジーと麗を眺めていた。彼女は気にすることもなく、ホワイト餃子の真ん中を箸で穴を空け、箸を置いた。
「あっつ」
麗の向かいに座っていた希が声をあげた。
「なにこれ、凄い熱いよぉ」
希はごくごくと水を飲み、可愛らしく舌を出した。
「なんで、麗ちゃんは知っているの!」
希と同じように熱さに驚くと思ったのだが、
「熱いから穴を空けて、少し冷めるまで待つことは、事前に横田さんから聞いていたわ」
麗は対処策を知っていた。
「くぅ」
「ちぇ、なんだー。がっかり」
茜と明が悔しがると、麗は心外な顔をした。
「あら。お二人とも、私に火傷をしてほしかったのかしら?」
麗の棘のある問いに、
「滅相もございません」
茜と明は首を横に振り、異口同音で答えた。
「あーん、熱いよぉ」
希は舌を出して、メニュー表でばたばたと自身を扇いでいた。胸元のボタンをいくつか外している。
「いや、舌が熱いのはわかるけど、なんで胸元をはだけさせてんの? 誰にアピールしてんだよ」
明が突っ込んだ。
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