第七章
魔法少女の約束
「パーパーパーパーパ―」
茜は片膝を着きながら、左手を口に向かって上下に動かしていた。
「何やっているのかしら?」
麗は聞いた。今日は彼女の送迎車で茜の自宅まで迎えにきていた。
「麗ちゃんがくるまで、練習しようと思って!」
茜がキラキラとした目で言う。
「その動作は何の真似かしら?」
「奈良県民なんたら博物館だよ! 中学校の修学旅行で行ったんだ!」
と言うと、茜はまた同じ動作を始めた。
「その動作だけかよ!」
麗の後ろにいた明が突っ込む。
「あれ、先輩も一緒?」
茜は今頃気づいたようだった。
「昨日は明さんと、ちょっと人には言えないような夜を過ごしましたわ」
麗はうふふと優雅に笑った。
「なにもしてねーよ! ちょっと恋愛話した程度だろ」
明は顔を赤くして否定した。
「なにそれ、ずるーい」
茜は二人に抱きついた。
三人は黒いベンツの後部座席に乗り込む。
「横田さん。お願いします」
麗は運転席の横田に声をかけた。
「はい」
車のエンジンがかかり、動き出す。
「麗。昨日はなんで押しかけてきたんだ?」
明が言った。明を真ん中にして左右に茜と麗が座っている。
「一緒に過ごしたかった、という理由ではダメかしら」
「嘘つけ。本当は何か狙いがあっただろ?」
明の問いに答えず、麗は運転席の横田に話しかける。
「昨日、あれから問題なかったでしょうか?」
「はい。少し危うい場面がありましたが、通行人のフリをして介入したら治まりました」
横田が答える。茜と明は理解が及ばず不可解な面持ちをしていた。
「何の話だよ。ちゃんと、さっきの質問に答えろよ、麗」
明は聞くが、麗は満面の笑みのままで応じようとはしなかった。
「だんまりかよ……。まあ、いい。麗のことだから、私のためだったんだろ。よくわからんが……」
車はガタゴトと音を立てる。田舎ならではの舗装がろくにされていない道路にきたようだ。
「おっと」
明の体が揺れ、左腕が茜の胸に当たった。
「やだー。先輩のえっちー」
茜は恥じらうふりをしてモジモジ動いた。
「おまえは、少年漫画の女子キャラか」
明は苦笑した。
* * * * *
お昼休憩になった。
「茜ちゃん。ちょっと寄るところがあるから、先に中庭に行ってちょうだい」
茜に伝えると、麗は理事長室へ向かった。
ノックし、返事を待たずにドアを開ける。
「麗かね。どうした」
机上で書類を整理していた理事長が言った。
「本日の夕方はお時間あるでしょうか?」
麗が聞くと、理事長は肩を竦めた。
「すまんね。今週は当分忙しくて、来週ならなんとかなるよ」
「そこを何とかできないでしょうか」
「無理だね」
言下に断られ、麗は嘆息した。
「そうですか。それでは、来週の月曜日によろしくお願いします」
「わかった」
理事長の承諾の言葉を聞くと、
「失礼します」
麗は一礼して理事長室を出た。
「あ、麗ちゃん」
中庭では茜、明、希の三人はすでに弁当を広げていた。
「今日のお弁当はのり弁でーす」
茜が弁当箱を麗に見せつけた。
「あら、今日の希ちゃんはレタスがたくさんだわ」
希は兎のようにレタスをもしゃもしゃと食べていた。弁当箱の半分くらいはレタスで埋め尽くされていた。
「実は、サンドウィッチに失敗して……」
はにかむ希に、麗はドンマイとばかりに頭を撫でた。
「ところで、理事長室に何の用だったんだ?」
明が卵焼きを頬張りながら聞いた。
「アレがアレでアレだったのですわ」
麗はおかずをとる箸を止め、はぐらかす。
「そうかー、アレがアレでアレかぁってわかるかい!」
明は卵焼きの滓を飛ばしながら叫んだ。
「先輩! 汚いよ!」
珍しく茜に注意された。
* * * * *
放課後になり、いつものように部室に集まる少女たち。
「週末、ランチを一緒にどうかしら?」
優雅に紅茶を淹れながら麗は言った。
「いいよ」
「いいね」
「おーけー」
明、茜、希が同意した。
「最近、色々とストレスがたまっているから、一気に食べてストレス解消したいわ」
麗はふうと嘆息し、紅茶を啜った。
「それなら、大奈々餃子にしようよ!」
茜が提案した。大奈々餃子はI県で有名な餃子専門店だ。
「いいね。私も好き」
明が賛同し、希もこくりと頷いた。
「そこに決定ね」
話がまとまった時に、スマートフォンからけたたましい音が鳴った。化け物の登場を知らせるアプリだ。
次のように通知メッセージがある。
『学園グラウンドに出没』
グラウンドに行くと、化け物はいた。巨大な梟のような形をしており、頭は歪んでいて、ところどころ棘が突出していた。
「ほーほー」
鳴きながら、化け物は魔法少女たちに突進してきた。
「やあ」
四人とも軽快に除け、茜が蹴りを当てた。梟は校庭を転げていく。
「ぽーぽー」
鳴き声が変わり、化け物の目は赤くなった。どろりと緑色の液体が目や口から溢れ出ていた。
「ぐえ、なにあれ」
明は気持ち悪そうに舌を出した。
「餃子の肉汁が緑色になったみたいだね」
茜はあっけらかんと言った。
「やめてよ! 今度食べに行くんだから」
明は光の剣を作った。化け物に斬りかかる。
「ぽー」
化け物は羽を使って飛び、明の攻撃を避けた。そのまま空から落下し、明に追突していく。
「ぽぎゃ」
一瞬早く、麗の氷柱が突き刺さった。
「とどめよ」
すかさず、希が熊の手で一発、二発と入れた。
化け物はぴくぴくと蠢くと、黒いモヤとなり霧散した。
「今日もお疲れ様」
いつの間にかマキビシ仮面が後ろにいた。
「あら、今更、ご登場?」
麗は冷ややかに言った。
「それが最近忙しくて」
まるで、妻に言い訳をする家庭を顧みない夫のようだ。
「あ、マキビシ仮面さま」
茜はおざなりに反応した。
「出会い系の子ばかり構っているからだわ。登場が疎かになると、大本命を逃しますわ」
麗はマキビシ仮面を肘でツンツンしながら冷やかした。
「ちょ、俺は未成年に興味ないと何度も……。って、なんで出会い系のこと知っているんだよ」
彼は汗を流しながら狼狽えた。
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