魔法少女とあんころ餅

 明が連行されて23日が経過した日の朝、麗は小橋に呼び出されていた。

「なにかしら。先生」

 職員室に着くなり、麗が尋ねた。本日の小橋もヨレヨレのスーツを着ていて、汚らしい。

「実は、今日、釈放されたぞ」

 彼は言った。

「あら、小橋先生、痴漢でもして捕まっていたの?」

 麗は不敵に笑った。

「違う」

 小橋は否定した。

「じゃあ、露出行為かしらん」

 さらに麗はおどけた。

「違う! わかって言っているだろ」

 小橋は麗の顔に近づき、

「日向野だよ。日向野明が釈放されたんだぞ」

 小声で言った。

「そうなのですか」

 麗は顔をそむけ、苦々しい表情をした。小橋の息が、煙草とコーヒーと胃によって悪臭を放っていた。

「証拠不十分ということで釈放のようだ」

 彼は椅子に座り直し、ぎいぎいと音を鳴らした。

「明さんは学校にいらっしゃるのですか?」

 麗の問いに、小橋は首を振った。

「どういう尋問を受けたかわからないが、登校していない。何か来れない理由があるかもしれないが、おそらく精神的な問題だろう」

 彼は事情通かのように語った。

「おじさまは何かおっしゃりましたか?」

「理事長? さあ、何も聞いていないな」

 小橋は首を捻った。

「そうですか。ありがとうございました」


 * * * * *


 放課後、少女たちは魔法研究部室で紅茶を飲んでいた。

「これ、美味しいね」

 茜はあんころ餅を頬張った。この甘味は、球状の餅をあんこで包んだ和菓子である。

 “明さんお疲れ様”という気持ちを込めて、麗が有名和菓子店で購入した。明が登校していないので、日持ちしない品なので食べてしまうことにした。

「うん。さすが、I県の銘菓だわ」

 麗も食し、紅茶を飲んだ。

「先輩、こなかったね」

 茜が不安げに言った。午後から登校するかと期待したが、明は現れなかった。

「そうね。でも、釈放されたから、とりあえず良かったとプラスに捉えるしかないわ」

 麗は眉をしかめた。

「心配だよ」

 握った両手を口元にあてるポーズ。今日も希はあざとい。

「あとで、明さんの家に寄ろうかしら」

 麗は顎に手をあてて考える。

「それじゃあ、私のとっておきのギャグを見せないと」

 茜は立ち上がり、奇妙なダンスを踊った。

「あ、出た」

 学園の非常警戒アラートが鳴り、化け物の出現を教えてくれた。


 外にでると、校舎の壁をよじ登っている奇妙な姿が見えた。蜘蛛に似ているが、胴体には三つの頭が付いている化け物だ。

 茜は炎を飛ばし、麗は氷を飛ばす。化け物はシャカシャカと壁を動いてかわしていく。

「そういえば、私たち、魔法少女なのに飛べないわ」

 麗は困り顔。化け物は校舎の三階あたりに張り付いている。

「任せて」

 希はコンドルを二羽召喚した。コンドルは華麗に舞い、化け物に攻撃していく。

「いいぞ。頑張れ」

 茜が応援した。化け物は脚を滑らせ、落下した。

「今よ」

 茜が攻撃をしかける。化け物は糸を吐いて即席の巣を作って防御態勢をとったが、茜の炎で燃やしてしまった。

 すかさず、麗が氷の剣でざんばらに斬った。化け物は黒いモヤとなり消えた。


 * * * * *


「こんにちは」

 三人は明の自宅に来ていた。奥にいた明の祖母がもぞもぞと出てきた。

「明ちゃんのお友達ね。どうぞ、あがってくださいな」

 にこやかに彼女は対応した。

 二階に上がり、突き当りの部屋のドアをノックする。明の部屋だ。

「……誰?」

 ドア越しに返事があった。

「麗です。茜ちゃんと希ちゃんも来ています」

 しばしの沈黙の後、

「帰って」

 暗鬱とした声が聞こえてきた。

「なんといえばわかりませんが、――明さんの力になりたいわ」

「私も助ける」

「話そう」

 茜と希も追随して言った。

「……」

 明は沈黙している。ドア越しなので、どのような表情をしているかわからない。

「あの、明さん。前の明さんも今の明さんも、色々ありましたけれど、私たちは変わらずあなたのことが好きですわ」

 麗は訥々と言った。

「うん。好きだよ。先輩!」

 茜は同調した。

「帰って!」

 明の拒否する声。

「一旦、引きましょう」

 麗は言う。

「明さん。明日もまた来るわ。よろしくて?」

 返事はない。少女たちは踵を返した。

 夜風が頬に冷たくあたった。

「先輩……」

 明の家の二階の窓を見上げながら、茜がつぶやいた。

「しょうがないわ。また改めて来ましょう」

 麗は冷静に言った。

「あ、そうだ。ちょっと待って」

 横田の車に乗り込もうとしたら、希が引き留めた。

 希はカプセルを飲んで変身し、ウサギやモルモットを召喚した。

 動物たちはどこからか花をとってきたらしく、咥えていた。明の家に入っていく。

「明さんに花束のプレゼント」

 希が言った。

「さ、では、行きましょう」

 麗が声をかけた時、明の部屋の窓がガラッと開いた。

「こらあ、動物のフンを部屋の前に置いていくな! あんころ餅かと思っただろ!」

 明が叫んだ。

「ぷっ」

 と麗は噴き出した。

「あはは」

 茜は豪快に笑った。

「ごめんなさい」

 犯人の希は素直に謝った。

「ふっ、はは。だらだな。明日は学校に行くよ。しょうがねぇな」

 明は快活に言った。

「それはよかったわ。明さんがいないと、張り合いがなくて」

 麗はクールビューティに笑った。

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