魔法少女たち

 明が連行されて10日間、何も進展はなかった。少女たちは鬱々たる気持ちのまま、学園生活を過ごしていた。

 一方、魔法研究部の顧問である小橋は、鬱々ではなく艶々としていた。

(二十九歳、小橋浩章。いまだに女性経験なし……だったが、ついに!)

 小橋は脳内で小躍りしていた。先日、出会い系サイトで知り合った女性と初めてデートをした。結果は好感触で、そのまま告白すればお付き合いできそうな流れだった。

(ぐふぐふ)

 彼は思わず気色の悪い笑みを漏らしていた。

「なにか、嬉しいことでもあったのかしら?」

 小橋は女子の声で我に返った。目の前には麗が立っていた。職員室まで何かのプリントを取りに来たらしく、手に持っていた。

「なんでもない」

 慌てて取り繕うように、机に置いてあった教材を開いた。ひらりと、メモ紙が落ちてきた。中に挟まれていたようだ。


『お昼、保健室で待っています。―真鍋より―』


(うひょ。お誘いだ。俺、もしかしてモテ期!?)

 彼はにやけた。

 麗は冷ややかな目で小橋を見ていた。


 * * * * *


「しっつれーしまーす。真鍋せんせー」

 小橋は意気揚々と保健室に入った。

「お待ちしておりましたわ。小橋先生」

 真鍋が艶めかしく歓迎した。

「そちら、どうぞ座って」

 真鍋がベッド横の椅子を指した。

(ま、まさか。座った途端、真鍋先生が迫ってきて、ベッドで、ぐふふ)

 ドギマギしながら座ると、しな垂れて彼女は彼の膝の上に座った。

 小橋の拍動は高まり、目をそっと閉じたが想像通りのことは発生しなかった。

(……あれ、何も起こらないぞ)

 と思って目を開けると、手に何かを握らされていた。紙片と鉛筆だった。


『メモ紙で重要事項をお伝えします。この部屋は盗聴されている可能性があります。会話は適当にして怪しまれないように装ってください』


「小橋先生って、独身ですよね。可愛いわ」

 艶のある声で真鍋が言った。

「あ、ありがとうございます」

 演技とはいえ、真鍋の顔と吐息が間近にあるので、小橋は赤面してしまう。

「今度、デートでもしちゃう?」

 彼女の甘い言葉に彼はとろけそうになる。


『理事長に気をつけてください。彼は重罪を犯している可能性があります。表向きは指示に従い、警戒は怠らないでください』


 ハッと我に返った。小橋は鉛筆を走らせる。

「あ、いいですね。最近ゴルフの真似事を始めたのですが、一緒にやってみませんか」

「あら、いいわね。私は最近フットサルを始めたわ。どちらか、一緒に汗を流したいわ」

 真鍋は小橋の耳に息を吹きかけてきた。どこまでが演技なのだろうかと訝った。


『理事長は一体、何をしたのですか?』

『それは書けません。確証がないのもありますが、知ったことによってあなたに危険が迫ります』


「本当、素敵。彼女候補に立候補しようかしら」

「またまたご冗談を……。困ったなぁ」

 満更ではない小橋。


『では、私は何をすればよいのですか?』

『引き続き少女たちを守ってください。理事長に異変があれば教えてください』

『了解です』


 真鍋はすっと離れて、最後のメモ紙を渡した。


『追伸。私はどちらかというと小橋先生は好きではありません。メモで使った紙は捨ててください』


 小橋は椅子からずっこけた。


 * * * * *


 放課後。化け物の登場を知らせる通知が小橋のスマートフォンに表示された。

「また、裏門かよ」

 何故だかわからないが、裏門や井戸のまわりは魑魅魍魎の湧き率が高い。

 彼が現場に駆けつけると、すでに魔法少女たちは戦っていた。彼女たちが対峙している相手は、手足のついたコンニャクのような化け物だった。

「攻撃がまともに効かないわ。手ごたえがない」

 麗が氷の剣を構えながら言った。

「どうしよっか」

 麗の隣にいる茜が言った。炎の剣を持っている。

「うーん」

 希は首を捻って対策を思案中のようだ。そのポーズもあざとい。

「おでんにして食べてしまいたいな」

 変身した小橋が気障に言った。

「あ、マキビシ仮面さま!」

 この中で唯一慕ってくれている茜が黄色い声をあげた。教師の小橋に戻ると尊敬の欠片も感じないが、正体を隠している――麗にはバレているが――間だけは好感触だ。

「おでん……。あ、そうだわ」

 麗は茜と希にごにょごにょと相談した。

「行きますわ」

 麗が号令をかけると、希が指笛を吹いた。鷹、鷲、鴉たちがロープを咥えた状態でコンニャク妖怪の周りを飛びまわり、ぐるりと巻いた。

「次だわ」

 麗が合図を送ると、茜は大きめの石とロープを繋げて結んだ。

「おりゃー」

 茜は精一杯の力を込めて、空に向かって石を投げた。石はロープに繋がった化け物と共にぐんぐんと上空に行く。

 麗は氷の弾を石と化け物にバンバンと当てていき、さらに高く舞うようにしていた。

「そろそろかしら」

 攻撃の手を止め、数秒待つと、空から石と一緒くたになったコンニャク妖怪が落ちてきた。

「仕上げだわ」

 地面に衝突する直前で、麗は氷の剣で斬りつけた。妖怪はカチコチに凍っており、瞬く間に切り裂かれた。


「どうやったんだ?」

 妖怪が消えた後、マキビシ仮面が聞いた。

「マイナスの温度になる上空まで飛ばして、凍り付かせただけですわ。私の氷の攻撃も、マイナス温度の上空ですと、効果的だったようで」

「ほお」

「おでんの話を聞いて、昔遊びにいった茨城で、凍みこんにゃくが食卓に出たのを思い出したわ」

 麗は変身を解きながら答えた。

「おでん食べたいなー」

 茜が垂涎しながら言った。

「コンビニでも寄って行こうかしら?」

「まだ時期早いよ」

「残念だー」

 少女たちは裏門に向かっていった。三人の背中はどこか寂し気だった。

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