魔法少女の気づき(後編)

 麗は化け物を観察していて気づいた。両翼についたデスマスクが、どうやら超音波らしきものを出し、動きをスロー再生にしているようだ。

「茜ちゃん、明さん。飛び道具であのマスクを狙ってくれないかしら」

「へい! 親方」

 茜がボケた。

「そっちの鳶じゃないでしょ。矢とかボールみたいなものを飛ばして攻撃しろってこと」

 明が訂正した。

 茜は火の球、麗は氷の矢、明は光のブーメランを作り、攻撃した。徐々にデスマスクにひびが入り、連続攻撃すると割れて落ちた。

「これでもうスローにできないはずだわ」

 麗は氷の剣で斬りかかり、化け物を八つ裂きにした。黒い霧となり、消えていった。


 変身を解くと、

「いやあ、ご苦労だったね」

 聞き覚えのある声だ。少女たちが振り向くと、理事長が立っていた。

「おじさま!」

「いやあ、やっと解放されたよ」

 彼はぽりぽりと頭を掻いた。

「早く帰ってシャワーを浴びたいところだよ」

「その前におじさま、お話しませんか?」

 麗は理事長の眼前まで詰め寄った。

「よろしい。では、理事長室まで来なさい。君たちは帰りなさい」

 麗以外は帰宅するよう促した。


 * * * * *


「いやあ、待たせてすまないね。どうしても一度体は洗いたくてね」

 彼は謝意を伝えながら理事長室に入ってきた。さきほどまであった無精髭はなくなり、綺麗にカットされていた。

「いえ、大丈夫です」

 麗はソファーに座り、紅茶を飲んでいた。二十分ほど一人で待っていたため、テーブルの上には開封済みの紅茶パックが三つ転がっている。

「それで、話というのは?」

 理事長は彼女の対面のソファーに座った。

「まずは、おじさま。どのような理由で公安に連行されたのかしら?」

 麗は探るような目で聞いた。

「それは言えないな。口外しないことが、解放される時の条件のひとつでもあるしな」

 彼は首を振った。

「では、私の妄言として聞いてください。おじさまが連行されたわけは――」

 麗はさきほど部室で話した内容を繰り返した。


「ふむ」

 麗の説を聞き、理事長は気難しい顔で剃ったばかりの顎髭を触った。

「あと、明さんの件ですが」

「ん? なにかね」

「明さんをこちらの世界に来るように仕向けましたね。いえ、厳密にはパラレルワールドのおじさまが仕向けたと思っています」

 麗は四つ目のティーパックに手を伸ばした。

「パラレルワールドに行き来できる実証実験を、転移装置を、国に内緒で行っているのでは?」

「……」

「そう考えれば、公安に連行された理由も納得ができます。あちらの明さんが現れたことによって、意図的な転移の可能性が高いと考え、国はおじさまを危険人物として判断した」

「ははは」

 理事長は乾いた笑い声をだし、

「だとしたら、とっくに国が証拠を捕まえて、私は消されているのでは?」

 彼は不敵な笑みを作った。

「いえ、おじさまのことだから、決定的な証拠は隠し、誤魔化し、あとは長年のお付き合いのある元首相に頼んで解放してもらったと思います……」

 麗はまっすぐ叔父の目を見つめた。

「仮にそうだった場合、疑問は残らないかね」

「そうでしょうか?」

「なぜ、パラレルワールドの私は、彼女をこの世界に送り込んだ? あちらでは他に魔法少女はいないという話ではないか」

 麗の叔父はふてぶてしくソファーに凭れかかった。

「説明はできます」

「ほお」

 彼は興味深そうに姪の話に耳を傾けた。

「現在の明さんが使っている能力は”光”です。以前の明さんは”闇”でした。極端といえるほど異なる能力です。明さんだけ、私たち魔法少女の中では異質な存在といえます。強さもそうですが、幾多のパラレルワールドに様々なパターンの明さんが存在することでしょう」

 麗は五杯目の紅茶に手をつけていた。

「その事実を察知したパラレルワールドで、国から危険人物としてマークされてしまった。そのため、存在をなかったことにするために転移させた」

「素晴らしい物語だな。麗は小説家になれるよ」

 理事長は感嘆した。

「その反応は、私の説を認めたと思ってよろしくて?」

 麗の問いに、彼はうんともすんとも言わなかった。


 長い沈黙が続き、しびれを切らしたように麗は言う。

「明さんのことは、今後どのようにするおつもり?」

「どういう意味だ?」

「明さんをパラレルワールドに戻すか。それともこちらの世界のままか。――あと、そう、彼女、記憶の混濁が起きていましたわ」

 麗の口調は厳しいものになった。

「なぜか、こちらの世界に以前いた明さんの記憶が、今の、パラレルワールドからきた彼女にインプットされていましたわ」

 麗は紅茶を飲み干し、嘆息した。

「……」

 理事長は無言で明を見つめていた。

「何故そのようになったか、ご存知ですね?」

「知らないな」

 理事長は肩を竦めた。

「知らぬ存ぜぬを通すのですね。わかりました。――今はお疲れでしょうから、ゆっくりしてください」

 麗は立ち上がり、扉を開け、

「失礼します」

 理事長室を出た。

「やれやれ。厄介な姪だ」

 閉じられた扉を見つめ、彼は誰にともなくつぶやいた。


「麗ちゃーん!」

 学園の裏門に行くと、茜が門前で待っていた。送迎運転手の横田もいた。

「あのね。今週末こそ、ケーキ店でお茶しようね!」

 満面の笑みで茜は言った。

「それを言うために残っていてくれたのかしら」

 麗は微笑みを返した。

「うん! みんなも行きたいって!」

 茜の目がキラキラと眩しい。

「ふふっ」

 麗はさきほどまでの陰鬱な気分はなくなり、茜を抱きしめていた。

「ありがとう。茜ちゃん」

「ん?」

 茜は目をぱちくりとした。

「それにしても、おじさまのネクタイ、趣味が悪かったわ」


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