第六章

魔法少女の気づき(前編)

 理事長が留置所に入ってから三日が経過し、月曜日になった。

 週末に予定していたお茶会は「そんな場合ではない」と延期になり、少女たちは暗鬱たる休日を過ごした。


 茜は駐輪場に自転車を置いた。心なしか、入学時期に比べて台数が減っているように見える。

 教室に向かう中途で、優雅に歩く黒髪ロングの後ろ姿が見えたので、挨拶をした。

「おはよう! 麗ちゃん」

「おはよう。茜ちゃん」

 クールビューティに麗は微笑したが、その笑みはぎこちない。

「まだ、理事長は戻っていない?」

「ええ。まだみたい」

「……」

 普段空気を読まずにギャグを飛ばす茜も、どのように反応すればいいかわからず、沈黙した。


 * * * * *


 理事長が不在なこと以外は通常通りの学園だった。一般の生徒は理事長と接する機会はあまりないため、彼がいないことに気づいていない生徒が殆どだ。

 お昼になった。

 少女たちは芝生に座って弁当を広げていた。彼女たちにできることは限られているので、普段通りに過ごすしかない。

「あ、麗ちゃん。卵焼きいっぱい!」

 茜が麗の弁当の中身を見て驚いた。お米の白に対し、その三倍近くは黄色で埋められていた。

「ボッーとしていたら、作りすぎてしまったわ」

 麗は冷静に言ったが、耳が少し赤くなっていた。

「じゃあ、みんなでわけっこしようよ」

 茜が提案し、

「いいね」

「うん」

 明と希も賛同した。

 それぞれのおかずをトレードし、麗の弁当は見栄えよくなっていった。

「ありがとう。みんな」

 麗の目は潤んでいた。

「おじさんのこと、心配なのはわかるよ」

 明が言うと、麗はキョトンとした。

「私、おじさまのことはそれほど心配していないわ」

「え!?」

「私が心配しているのは、私たち自身のことですわ」

 麗の発言に、明は理解が追いつけなかった。

「この話は後にするわ。壁に耳あり障子に目ありとも言いますし」

 麗は卵焼きを口に入れた。

「ねえねえ。先輩」

 茜が明の肩を叩いた。

「ん? なに?」

「新しいギャグを考えたから、みてみて」

 そう言うと、茜は芝生の上でポーズをとる。

「よーい」

 茜はクラウンチングスタートの姿勢をした。

「ドントウォーリー! ドントうぉーり!!」

 茜は姿勢を崩すと、胸をドラミングした。

「なんだよ、それ! 意味不明だわ」

 明がツッコミを入れた。

「前も似たようなギャグをしたよな。その時は”ドン小西”だっけ」

 と明が言った刹那、

「え」

 麗は立ち上がり、驚愕の表情をしていた。足元には卵焼きが転がっている。

「うお、びっくりした」

 麗は明に顔を近づけた。

「明さん」

「なに?」

「そのギャグはどこで見ました?」

 麗の問いに、明はうーんと唸った。

「あれ、いつだっけ?」

「多分、キャンプの時だよ!」

 茜がくちばしを挟んだ。

「ああ。そうか。多分そうだな。それがどうかしたのか?」

 三人の少女たちは不思議そうな顔で麗を見た。

「な、なんでもありません」

 麗は動揺していた。


 * * * * *


 放課後。いつものように部室に四人は集まった。

「そういや、魔法研究らしいことをしていないな。この部」

 明は苦笑しながら言った。

「たしかに」

 茜も同意したが、

「あら、ちゃんとしているわ」

 麗は紅茶を用意しながら言う。

「魔法少女になって、研究しているわ。どんな魔法が有効だとか、色々学んだことあってよ」

「言いえて妙だな」

 明の返しに、

「エイラのミョウガ?」

 と茜は首を捻った。

「誰だよ、エイラって」

 明はビシッとツッコミをした。

「それで、お昼に言っていた、心配していることって何?」

 希が愛らしい上目遣いで聞いた。

「私が心配しているのは、私たち――魔法少女のことだわ」

 麗はティーパックをカップに入れ、給湯器のお湯を注いだ。

「理事長が連行されたということは、研究所や私たちの存在を、国が危険と思っているからだわ。今まではただの監視で済んでいたけど、警戒度のステージが上がったと思われるわ」

「え、監視? じゃあ、私が以前感じた視線って……」

 希は不安げに言った。

「そう。私たちはずっと公安にマークされていたわ。といっても、監視や尾行程度で済んでいた。理事長も同じようにその程度だったわ」

「なんで、魔法少女が危険!? 正義のヒーローなのに!」

 茜は義憤にかられた。

「そう思っていない大人も多数いるということだわ。いえ、むしろ、彼らは政治利用しようと動いている可能性もあるかもしれない」

 麗は紅茶を一口啜った。


 ギャアギャアと甲高い獣の声が聞こえた。

 少女たちは魔法研究部室を出て、変身した。

 外には、翼を含むと全長三メートルくらいの恐竜のような物体がいた。その翼には人間のデスマスクのようなものが複数張り付いている。

「ギャア」

 と化け物が鳴くと、呼応するようにデスマスクも「ひひひ」と笑った。

「なにあれ、気持ち悪い」

 希はたじろいだ。

「お世辞にも趣味がいいとは言えないな」

 明は果敢に殴りにかかったが、途端に動きがスローになった。

「明さん? ふざけていらっしゃる?」

 麗は窘めるが、

「ちがっ。早く動けない」

 と彼女が弁明するやいなや化け物に殴られて吹っ飛んだ。

 すかさず茜が飛び込んでいくが、同じように直前で動きが遅くなり、化け物に足蹴にされた。

「本当だ。近づくと動けない。何か超音波みたいなものがでて、スローになる」

 茜は起き上がりつつ説明した。

「老化もスローにできないものかしら」

 麗は願望を口にした。

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