魔法少女と理事長

 コンコンコンと麗は理事長室の扉をノックした。

「どうぞ」

 バリトンボイスが返ってきた。

「失礼します」

 麗が入るやいなや、

「君が神妙な面持ちでここに来ると、嫌な予感しかないのだが」

 理事長は眉を顰めた。

「では、早速、本題に入らせていただきますわ」

 ソファーに座ることなく、麗は言った。

「おじさま、何をしでかしたのですか?」

「唐突だな。何のことだ」

 彼は探る目で麗を見た。

「気づいていないと思って? ――私、茜ちゃん、希ちゃん、明さん、みんなにスーツ姿の男性が常に尾行していらっしゃるわ」

 麗はクスリと笑った。

「希ちゃんはその尾行をストーカーによるものと勘違いしていたけれど」

「……」

「危害を加えてくる様子はありませんでしたので、彼女たちには秘密にしておきましたわ。おそらく、国の機関による監視といったところかしら」

 麗の言葉尻で、理事長はパチパチと拍手した。

「さすが、私の姪っ子だ。洞察力があるな」

「彼らは何者ですか?」

「公安だよ」

 理事長は断言した。

「公安が、なぜ?」

 麗が問うと、理事長は机から何かを取り出した。

「これだよ」

 カプセルだった。少女たちが遠方でも変身できるように作られたものだ。

「どういうことですか?」

「あれは、日向野さんの件があった後、上の方々と議論したのだよ」

 理事長は勿体ぶった様子でデスクの椅子に座った。

「もっとカプセルの効果を伸ばすか、あるいは別の有効な手段をとれないかと。進言したのだよ。――その時に少し揉めてしまってね」

 彼は肩を竦めた。

「おじさまのことだから、少し揉めた程度ではないでしょう?」

 麗が指摘した。

「まあ、想像にお任せするよ。――とにかく、それによって、私や君たちが国を脅かす存在になりつつあるのではという判断がなされ、監視がついたというわけだ」

 理事長はさきほどよりも大げさに肩を竦めた。

「なるほど。ありがとうございました」

 麗は一礼すると、理事長室のドアノブに手をかけた。

「ん、もういいのかね?」

「ええ。また何かあれば来ますわ」


 * * * * *


 茜たち四人は今日も仲良く学園の中庭で昼食をとっていた。

「あの後、元カレは迫ってきたりしているかしらん?」

 麗は箸を止め、希に聞いた。

「心配ありがとう。大丈夫。でも……」

「なにかしら」

「まだ、誰かに見られているような気がして」

 希はゆるりと頭を振った。

「それは一度被害にあったから、何気ない視線がそう思えてしまうのだわ。希ちゃん可愛いから、注目されやすいのよ」

 麗は話を取り繕った。公安にマークされているなんて言えない。

「カレー! チャンピョンカレー食べたいよぉ! 食べた過ぎて、先輩がカツに見えるよぉ」

 茜はそう言いながら、明に抱きついた。

「おま、食事中にふざけるのはやめな。あと、それ、人によっては失礼だからな。私が痩せていてよかったな」

 明は茜の額を軽く小突いた。

「先輩叩かないでよー」

 お返しとばかりに、茜は明に向かって割りばし入れの紙やビニール袋を投げた。

「希ちゃん。何かあったら、また、気軽に相談してほしいわ」

 麗はじゃれ合う二人を無視して、希に言った。

「うん。ありがとう」

 希は頷いた。

「楽しそうだね」

 聞き覚えのある低音だ。理事長が近くに立っていた。

「あら、珍しいですわ。こんな時間帯に中庭にいらっしゃるなんて」

 麗が反応した。

「たまにはいいだろう。昼食時の生徒たちの様子をみるのも仕事のうちだよ」

 理事長はそう言うと、ゆっくりと校舎内に向かっていく。

「あ、そこ」

 茜が声をかけた。理事長の足元には茜と明がふざけて飛ばし合っていた袋や紙ゴミが散乱していた。

 彼は体重をかけてそれを踏んでしまい、見事に転んでしまった。


 * * * * *


 放課後。

 魔法研究部で少女たちは紅茶を嗜んでいた。

「おふざけも、ほどほどにね。周りに迷惑がかからないように」

 麗は釘を刺した。

「はい」

 茜と明は殊勝な態度で返事をした。

 中庭で転倒した理事長は、尾てい骨や腰を痛めたようだが、骨折など大事には至らなかった。

「フフッ」

 麗は叔父の心配よりも滑稽さが勝り、思い出し笑いをした。慌てた彼を見たのは久しぶりだった。

「この紅茶、美味しいね」

 話を逸らすように明が言った。

「これは青森県産のアップルティーですわ。りんごの風味が素晴らしいわ」

 麗が言うと、

「本当だ!」

 茜はクンクンと匂った。鼻腔が紅茶の香りで満たされる。

「うん。美味しい」

 希も同調した。

「ところで」

 麗はカップを置き、

「週末にメーポルハウスでお茶する予定で問題ないかしら?」

 彼女たちにスケジュールの確認をとった。

「問題ない」

「うん」

「大丈夫だよ。楽しみ」

 三人とも首肯した。

 その後も、四人で紅茶を楽しみながら会話を続けていると、バンッと凄い勢いで部室のドアが開けられた。

「た、たいへん」

 息を切らせながら小橋が入ってきた。

「先生。ドアは静かにあけてくださらないかしら」

 麗が注意すると、小橋は目を剥いて、

「大変なんだ! お前のおじさんが!理事長が……」

 鬼気迫る様子に、少女たちはギクリとした。

「公安に連行されていったんだ!」

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