魔法少女の元カレ(後編)
魔法少女たちの服は更に溶けだしていた。
「困りましたわ」
麗はこんな状況でも冷静だった。
「水遁の術!」
男の声が聞こえた刹那、空中から大量の水が流れ出てきて、蛞蝓の化け物と少女たちを巻き込んだ。
「うわ」
「きゃあ」
彼女たちは悲鳴をあげたが、水流は数秒で止まった。
「あれ、なにこの水。しょっぱい」
茜がペッと吐き出した。
「海水みたいですわ」
麗は臭いを確認しながら言った。
「あれ、ヌメヌメがとれている」
明は自分の体を検めた。
「間に合ってよかった」
再び男の声がした。皆、声の方に振り返った。
「あ、マキビシ仮面様!」
茜が感激した。
「珍しく、本当にピンチを救ってくれましたわ」
麗は皮肉を込めて言った。
「不愛想だな」
とマキビシ仮面は苦笑し、
「そんなことより、さっさと退治しなさい」
彼は蛞蝓の化け物を指差した。
「ほのお! ほのお! ほのお!」
茜は化け物に向かって炎の球を連投した。
「最後、決めるよ」
明は右手人差し指に光エネルギーを集中させ、球状にしていた。
「喰らえ! デ〇ボール!」
投げると蛞蝓に当たり、黒いモヤとなって消滅した。
「やったね」
「よし」
口々に喜ぶ少女たちだが、マキビシ仮面は目のやり場に困っていた。
「えー、あの、君たち、何か羽織ってくれないか。肌の露出が多くて……」
彼がモジモジしていると、麗が近づき、
「変態」
と囁いた。
* * * * *
希は最寄りのバス停で降りた。
少し歩き後方をちらりと確認する。茜たちが素知らぬ顔でついてきているが、演技が下手で挙動不審にしか見えない。
(こんな感じで、ストーカーをおびき寄せられるのかな?)
希は疑問に思った。
「なんで俺まで……。家に帰ってゲームしたかったのに」
小橋は愚痴を吐いた。
昼間に、
「生娘のあらわな姿を見たのだから、希ちゃんの警護、やってくれますよね?」
と麗に脅されたのだった。
突然、人々の悲鳴が聞こえた。
五人が発信源に駆けつけると、そこには身長三メートルくらいの二足歩行の土塊の化け物がいた。
明はそのまま変身し、彼女以外の魔法少女は支給されたカプセルを嚥下して変身した。
「やあ」
茜が炎の剣で斬りつけると、化け物はバラバラと崩れ落ちた。
「倒したのか?」
小橋が言った。彼だけは変身していない。
粉々になったと思ったが、土は収束し、再び土塊の化け物になった。
「面倒な相手ですわ」
麗は化け物を凍りつかせてみた。またしてもバラバラになったが、再び化け物が形成された。
「どうしよう。時間もないし」
希が言った。支給されたカプセルでは5分ほどしか魔法少女になれない。
「さっきの蛞蝓といい、厄介な相手が続くわね」
明が嘆くと、
「あ、そうだ」
茜は何かを思いついた。
「みんな、悪いけど、少しだけ時間稼ぎしてくれないかな」
そう言うと、茜はどこかに向かった。
「なんだ?」
明は不思議そうな顔で茜の後ろ姿を見送っていた。
「とにかく、時間稼ぎしてみましょう」
三人は懸命に数分間戦った。
変身が解除されてしまう1分ほど前に、
「お待たせ」
茜が大きい鍋を抱えて戻ってきた。
「先輩! あいつをバラバラに細かく切り刻んで!」
「了解」
明は光の剣で瞬く間にバラバラにした刹那、茜はその粉々になった化け物に謎の液体をかけた。
「さっきの化け物と戦った時を思い出して、試してみたんだ。小麦粉を水で混ぜて、私の炎で温めてドロドロに溶かしたやつだよ!」
茜のアイデアが功を奏し、化け物のピースは集まらなかった。
「ひとつずつ、潰していきましょう」
全員で手分けをし、ヌメリのついた破片を攻撃して消していった。
「さすが茜ちゃん理系だわ。いえ、これは家庭科かしらん」
麗はクールビューティに微笑んだ。
化け物を倒し、大きな被害が出ておらず、全員が一安心していた。
「あら。希さんはいずこへ?」
希がいないことに麗が気づいた。
「もしかして、ストーカー!? やばい」
明は慌てて周囲を見渡した。
「やめて」
という声が少し離れた雑居ビルの物陰の方から聞こえてきた。
「あっちだ」
少女たちが駆けつけると、そこには希と大学生風の男が揉めていた。
すかさず小橋が男を殴り、三人娘は希を守るように囲んだ。
「お前がストーカーだな?」
ピシッと小橋は指差した。
「昨日はストーカーの存在を信じていなかったくせに」
明は小声で言った。
「いや、俺は」
男が喋ろうとするものの、
「もう二度と近づくな! ストーカーめ!」
という小橋の声で掻き消されてしまった。
「その人、元カレです」
希が震えながら言った。顔は青ざめている。
「あっち行け! もう希ちゃんには近づかないで」
茜はコバエを追い払うかのように右手を動かした。
男は何度も希の顔を確認しながら、名残惜しそうに去っていった。
「とりあえず、一件落着かな?」
明が言った。
「そうね。いくつか気になる点はあるけど……」
麗は腑に落ちない表情をしていた。
「茜ちゃん、それ、何?」
希が茜の右腕に掛かっているビニール袋を指差した。
「あ、これ、小麦粉を提供してくれたお店から貰ってきたんだ!」
茜は嬉々として言う。
「カレーのお店で、”頑張って”と激励のプレゼントくれたんだよ」
ガサゴソと袋を漁り、中に入っていたプラスチックの容器を取り出した。
「え、なにこれ」
茶色い物体と白い物体がぐちゃぐちゃになっていた。
「ああ、せっかくお持ち帰り用のカレーを貰ったのに……」
茜はガックリと肩を落とした。
「これじゃあ、元カレーだよぉ」
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