魔法少女の元カレ(中編)

「お前がストーカーだったのか! この、女たらしめ」

 明は凄い形相で睨んだ。

「待って、明さん」

 希が止める。

「こいつはな、色々な女に悪さしているんだよ。私も騙されたことがある」

 明は更に締めつけた。

「待って、落ち着いて。この人は私のお兄ちゃんなの」

 希の言葉を聞き、明は手を離した。

「え、お兄ちゃん?」

「うん」

 希は頷いた。宇野誠は四の字固めから解放され、深呼吸していた。

「え、マジで? 世間って狭いなぁ。こいつ、私の元カレだったんだよ」

 明は軽く誠の頭を小突いた。

「僕は君と付き合ったことはないよ」

 彼の言葉に、明は顔を真っ赤にして反論する。

「嘘つくな! 一日だけなんだけど、中学の時に付き合ったことあるでしょ。あなたが速攻浮気して別れたけど」

「本当に記憶にない。そもそも、君とは初対面だ」

 誠は膝についた砂埃を払いながら言った。

「おーい」

 小橋は口ばしを挟んだ。

「ここでは目立ってしょうがないから、カフェとかで話さないか」


「なるほど。三田村明はパラレルワールドでは宇野誠と付き合っていたけど、こちらの世界では関係性が全くなかったというわけだ」

 小橋はコーヒーを一口啜った。

 ”高い! 苦い! クドい!”のフレーズで有名なスターボッタクリカフェに彼らは入店していた。

「先生は、なんでいたの?」

 明が話題の矛先を変えた。

「俺は、五月女に頼まれて、宇佐美を見守っていたんだよ。ストーカーじゃないからな」

 小橋は必死に弁明した。

「ふーん。で、なんで、あんたは妹に抱きついていたわけ?」

 次に誠をターゲットにした。明は彼に対してあからさまに不機嫌な態度をとっていた。

「実の妹に会えてうれしかったからだよ。所用で、またこちらに来ることになってね。ついでに妹に挨拶代わりに抱きついたというわけだ」

 誠は髪をかき上げた。

「私は嬉しくないけど」

 はにかみながら希が言った。

「それよりも、ストーカーだ。ストーカーが誰なのか、こいつらのせいでわからなかった」

 明は男二人をじろりと睥睨した。

「僕のせいではないでしょ」

「本当にいるのかストーカー?」

 彼らの発言に、明は机を叩く。

「あんたらは男だからわからないだろうけど、女の子にとって、特に希みたいな可愛い子には恐怖でしかないんだよ」

 明の言葉を聞き、希はクスンと泣いたフリをした。

「先生と誠で、希を家まで送りなさい」

 明はぴしゃりと言った。


 * * * * *


 翌日、いつものように学園の中庭で少女たちは昼食をとっていた。

「昨日、そんなことがあったのね」

 明から顛末を聞き、麗が言った。

「二人は、ちゃんと自宅まで送ってくれたのかしら?」

「うん。ちゃんと送ってくれた」

 希は頷いた。

「ねーねー」

 茜が話に割り込む。

「みんなカレカレ言っていたから、チャンピョンカレー食べたくなってきたよぉ」

 チャンピョンカレーとは、銀色の食器にカレーライスを盛り付け、その上にたっぷりなキャベツと揚げたてのカツをのせる、K市のご当地飯だ。

「茜ちゃんのお弁当にカツが入っているわ」

 麗が指摘したが、

「これ、冷凍でチンした小さいカツだよぉ」

 茜は悄然とした。

「そのうち、K大前店まで連れていってあげるから、落ち着きなさい。今は希のストーカーの話が優先」

 明は話を戻した。

「今朝は大丈夫だった?」

 彼女は希に聞いた。

「やっぱり、つけられているような気がする」

 希は困り眉になった。そういった表情も愛らしい。

「じゃあ、今日も警護つけたほうがいいよなぁ」

 明は唸った。

「あの、明さん」

「ん? なに?」

「わざと希ちゃん一人で歩いてもらって、私たちが遠くで見守っていた方が、ストーカーを炙り出しやすいのではないかしら?」

 麗は提案した。

「危険じゃないか」

「でも、希ちゃんも一応魔法少女ですわ。それくらいの胆力はあるかと。――希ちゃんは、どうかしら?」

 麗は希に優しく問いかけた。

「怖いけど、見守ってくれるなら、大丈夫」

 希は目をパチクリとした。

「じゃあ、決まりね」


 * * * * *


「待たせてすまない。ごくろうさま」

 理事長がソファーに腰かけながら言った。対面には誠が座っている。

「いえ。大丈夫です」

「あちらの状況はどうかね?」

 あちらとは姉妹校であるカザマ学園のことを指す。

「化け物共がちょこちょこ出現しますが、私や他の生徒数名で、なんとか対処できています」

 誠は毅然として応えた。

「ほお。それならよかった」

 理事長は頬に手をあてた。

「ところで」

 誠は居ずまいを正した。

「あちらの研究所でも調査しましたが、やはり間違いないようです」

「そうか……」

 二人がしばし沈黙していると、学園内で警報が鳴った。魑魅魍魎が登場した知らせだ。


「え、なにあれ」

 茜が目にしたのは、人間の足のようなものがぴょこんと逆さになっている状態の化け物だった。

「胴体は下のようだわ」

 麗が言った。少女たちは既に変身済みだ。

 化け物の体はドロドロとヌメリがあり、さながら蛞蝓のようだ。

「な、なんか。気持ち悪いな」

 明は引き気味だ。

「任せて」

 希は鹿と猪を十頭召喚した。動物たちは突進するが、化け物のヌメリで滑って効果がなかった。

 蛞蝓の化け物は、蠢いたあと、液体を少女たちに向けて飛ばしてきた。

 魔法服は徐々に溶け、皮膚にはチリチリと痛みがある。ムチンのような粘性のある液体で、うまく動けない。

「え、これ、もしかして、ヤバメ?」

 明は危機感を覚えた。

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