魔法少女の絶対条件

 麗は理事長室をノックした。

「どうぞ」

 数秒の間があった後、声が返ってきた。

「失礼します」

 麗は素早く中に入りドアを静かに閉めた。

「あの後、明さんの様子はいかがだったでしょうか?」

 麗が聞いた。理事長はデスクの椅子に座り、書類を漁っていた。

「家に帰ってもらったよ。念のため、家族の人の了承を得て護衛をつけておいた」

「護衛ではなく、監視員ではなくて?」

 麗の発言に理事長は苦笑し、作業の手を止め、立ち上がった。

「死亡ではなく、行方不明者扱いにしていたのが幸いしたね。家も学校も、こちらの世界で問題なく生活に入ることができる。――あとはあちらの世界とこちらの世界の矛盾点を、彼女自身で確認しつつ調整はしてもらうがね」

 彼は姪の顔を見つめた。

「それだけを聞きにきたのかね? 聡明な君のことだ。違うだろう?」

 お互い探るような目をした。

「以前もお聞きした内容と重複して、大変申し訳ないのですが、おじさまは知っていますよね?」

 麗は切り出した。

「なにをだね」

 理事長は顎髭を触った。

「魔法少女になる条件についてです。ちょっと、ナイーブな内容になりそうなので、今回は私一人でここに来たのはそのためです」

 麗の問いに、彼は

「前と同じ回答だよ。パラレルワールドの影響で変身したのだよ」

 と淡泊に答えた。

「それだけだと、学園中が魔法少女で溢れてしまいます」

 麗がデスク前に立つ理事長に近づいた。

「魔法少女には絶対条件があります」

 鬼気迫った表情の麗。

「その調子だと、君は解答を得ているようだね」

 理事長は肩を落とした。

 麗は言う。

「パラレルワールドで死亡した人が魔法を使えるようになるのですね?」


 しばしの沈黙の後、

「なぜ、そう思うかね」

 と理事長は口を開いた。

「以前からぼんやりとその答えに気づいていたものの、昨日の明さんの一件で確信しました」

「ほお」

「明さんは、私も茜ちゃんも希ちゃんも小橋先生も知らなかった。それは何故か? あちらの世界では、私たちは存在しない――死亡している――とわかったのです」

 麗は断言した。

「矛盾していないか。それならば、なぜあちらの世界の日向野さんは生きていたのかね? こちらでも彼女は魔法少女だったではないか」

 理事長が指摘すると、麗は首を振った。

「いいえ。矛盾しません。むしろ、説が強固になりましたわ」

「なぜかね」

「ずっと不思議だったのです。なぜ明さんだけが魔法少女として発動する距離が長いのかと。――彼女はあらゆる世界のパラレルワールドで死んでいる可能性が高いのです。それによって、発動条件にチートがかかっていたと思われます。そう考えれば、私たちよりも強かったことにも納得がいきますわ」

 麗は悲しげな表情をしていた。

「彼女の運命を変える何かがあった。そう思い、私は独自に調べていましたわ」

 麗の演説は続く。

「彼女が中学生の時に、ご両親は近所の人も驚くくらい、自宅で大きな騒音を出して喧嘩をしていたそうです。それがきっかけで離婚したようですわ。その時に、彼女の発した言葉によって、運命が変わったのではないのでしょうか」

「ふむ」

 理事長は椅子に座った。

「たとえばですが、”わたし、お父さんが女の人と歩いているところを見た”と発言し、火に油を注いでしまったとしたら……」

 麗は話疲れたようで、一旦、ふうと深呼吸した。

「それによってこちらの世界では離婚し、別の世界では”お父さんお母さん、もう喧嘩をやめて仲良くして”と発言していたとしたら、また違うのかもしれません」

 麗の声は徐々に陰鬱なトーンになっていた。

「そして、多くのパラレルワールドでは、さらに火に油を注ぐような発言をしてしまって、喧嘩が発展して、一家心中になってしまっていたとしたら……」


 * * * * *


 放課後。

 またしても魍魎が現れた。化け物の体は千手観音、顔はライオンに似ていた。

「どんどこっどんんどこ」

 茜が謎の効果音をつけながら変身した。

「なによそれ」

 明は苦笑しながらツッコミを入れた。

「やっぱり、先輩がいると楽しいなー」

 茜の発言に、

「うん」

 と希が同意した。

「恥ずかしいからやめなさい」

 明は照れた。

「テレますねー。褒められちゃってテレますねー」

 茜は茶化した。

「ふざけていないで、戦いましょう」

 麗は注意した。

「あ、そうだ」

 茜が三人を集め、ごにょごにょと耳打ちした。

 打ち合わせが終わると、四人は横並びになった。茜は炎の弓矢、麗は氷の弓矢、明は光の弓矢を作った。

「いくよ。ゴー!」

 茜の号令で、三人同時に矢を放った。

 三本の矢は見事に化け物に突き刺さり、黒いモヤとなり消えた。

「やったね」

 茜が右手親指を突き出すと、麗と明もそれに倣う。後ろでは、希が”やったね!勝利”という横断幕を動物たちと共に持っていた。

「いや、希ちゃんの役目、それだけか! かわいそうだろ!」

 明はずっこけた。

「さすが先輩! ノリツッコミがお上手」

 茜はパチパチと拍手した。

「そういえば」

 麗は思い出した。

「昨日の希ちゃんの肉球、可愛かったわ」

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