魔法少女の邂逅(後編)
プロジェクトφの研究施設には警察署の取調室に似た部屋がある。
「名前は?」
白衣の男が尋ねた。彼はプロジェクト研究員の鈴木だ。
「三田村明」
明が答えた。二人は取調室の机を挟んで対面して座っていた。
「これは誰かわかる?」
鈴木は明に理事長の写真を見せた。
「学園の理事長」
明は即座に答えた。
「正解。では、これは?」
次に鈴木は学園の保険医の写真を見せた。
「真鍋。私はあまり好きじゃない」
同じく即答した。
「正解。では、これは?」
次に鈴木は小橋の写真を見せた。
「え、うーん。誰だ」
初めて彼女は答えに詰まった。
「正解は、学園の一年と二年生の数学教師です」
鈴木が言うと、
「嘘だ」
明は椅子から立ち上がり、否定した。
一連の流れを、麗はマジックミラー越しに見ていた。
「どういうことかしら? 見た目は若干変わっているものの、顔や声は日向野明さんそのもの……。でも、記憶がちぐはぐ……」
彼女は顎に手をあてがいながら小声で呟いていた。
「住所は、言える?」
鈴木が聞いた。
「T県O市〇×1丁目」
明は苛つきながら答えた。
「合っているね。ふむ」
鈴木は椅子に深く腰をかけ、黙った。
「あの、いい加減、終わりにしてくれない」
明が右手で机を叩いた。
「すみません。私の判断ではなんとも」
彼はちらりとマジックミラーの方を一瞥した。
「調子はどうかね?」
マジックミラーの向こう側で理事長が現れた。
「揉めていますわ」
傍にいた研究員よりも早く、麗は言った。
“名取”というネームプレートをつけた白衣の女性が、ここまでの経緯を説明した。
「ちょっと、私が聞いてみてもよいかね?」
理事長が彼女に許可を取る。名取は頷いた。
『こんにちは。日向野明さん。いや、今は三田村明さんか』
取調室のスピーカーからバリトンボイスが聞こえた。理事長の声だ。
「なによ。あのさ、その、うちの母の旧姓を言うのやめてくれない?」
明は非難した。
『日向野はお母さんの旧姓なのかね?』
「そうだよ」
明はぶっきらぼうに答えた。
『ご両親の仲はいいのかな?』
「仲はいいよ。娘の私が嫌になるくらいにね」
彼女は右手人差し指で机をトントンと叩いていた。かなり苛ついているようだ。
「ありがとう」
理事長はマイクをオフにした。
研究員と理事長は、
「間違いないね」
「たしかに」
「だとすれば」
と小声で話し合った。
「おじさま。どういうことかしら?」
麗は業を煮やし、聞いた。
理事長は不敵に笑った。
「彼女は、間違いなく、パラレルワールドから来た人物だよ」
* * * * *
放課後、三人の少女は部室の飾り付けを変更していた。
「さ、これでいいかな」
茜は壁を眺めた。そこには”ようこそ明センパイ”という文字があった。
「うん。十分だわ」
麗は頷いた。小橋の退院祝いは取りやめになり、代わりに明の歓迎会をする運びになった。
「それにしても、日向野さんの雰囲気すごい変わったね」
希が言うと、
「いまは三田村明さんですわ」
と麗が訂正した。
「あ、そうだった。パラレルワールドから来たとはいえ、本人なのにこんなにも違うんだね」
希は可愛らしく舌を出した。
「世界が異なるから、本人だけど本人ではないってとこかしらん」
麗は頬杖を突きながら言った。
「そろそろかな? 先輩」
茜は落ち着きがない。
「一連の検査の後、寄ってくれるみたいだから、そろそろだと思うわ」
麗は部室の片隅にある冷蔵庫からケーキを取り出した。冷蔵庫はつい先日購入し、置いたものだ。
――ガタゴトと部室が揺れた。どうやら、大物の化け物が出たようだ。
外にでると、二足歩行の爬虫類型の化け物がいた。以前倒した首に怨霊がいるタイプとは異なり、お腹から人間のような手が何本も出ていた。
化け物は既に魔法少女と対峙していた。相手は明だ。
彼女は光る剣を持ち、何度も切りかかっている。
「あ、あんたたち。ちょっと手伝ってくれない?」
明は援護を要求した。
「もちろん!」
茜が快諾した。
「しばらく、注意を引き付けてくれないかな」
明の言葉に三人は頷き、茜は炎の剣、麗は氷の剣を作り、希は腕を熊のように変えた。
「あれ、希ちゃん、いつの間にそんな術を!?」
茜が希の変化に驚いた。
「えへへ。動物を召喚する感覚で、腕に集中させたら、できるようになったの」
「きてますわ」
麗が注意喚起した。化け物が茜に噛みつこうとした。
「やあ」
茜はひらりと除け、同時に斬りつけた。化け物の皮は厚く、かすり傷がついた程度だった。
すかさず麗も氷の刃を向ける。やはり、微々たる傷しかつかない。
「ありがとう。もう離れていいよ。いまから打つから」
明が力強く言う。
「食らえ。ファイ〇ルフラッシュ!」
凄まじい光のエネルギーが彼女の手から放たれ、化け物の腹部を貫いた。
「ぎぎぎ」
化け物は唸った刹那、十字の光とパァンという破裂音と共に化け物は消えた。
「先輩、凄い」
茜は感嘆した。
「こちらの世界の明さんは闇の魔法でしたが、パラレルワールドでは光の魔法って、大変興味深いですわ」
麗は明の変身コスチュームを嘗め回すように見て言った。
「そもそも、私はあっちでは一人でずっと戦っていたから、仲間がいて嬉しいよ」
明は微笑した。
「性格も明るくなっている? いえ、元々こうだったのかしらん。何かのきっかけで……」
麗は考察を始めてしまった。
「そんなことより、新しい先輩の歓迎パーティしようよ!」
茜が嬉々として言った。
「そうね」
麗はクールビューティに笑った。
「こっそり手を猫にしていたのに、誰も気づいてくれなかったなぁ」
希は自分の肉球を触りながら、ポツリと呟いた。
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