第五章

魔法少女の邂逅(前編)

 小橋は久しぶりにハザマ学園に出勤した。

 事故での入院生活は終わり、左腕にギブスはしているものの動くことは可能だった。遅れた授業を取り戻さなければいけない使命感ばかり先走り、気が気ではない。

 職員室は教員たちが鹿爪らしい表情で座っていた。

(この職場の雰囲気も変わらないな)

 二週間弱の入院生活だったが懐かしさを感じた。

「おはようございます。退院おめでとうございます」

 保険医の真鍋が声をかけてきた。相変わらず色気がムンムンだ。

「あ、これ」

 彼女は折りたたまれた紙を渡し、去っていった。何かメモが書いてあるようだ。

(も、もしかして、お誘い?)

 小橋はムフフと鼻息荒く妄想した。

(保健室で、あーんなことや、こーーんなことや、そげなことやあげなことや、グフフ)

 彼は大きな期待を胸に、メモを読む。


『退院おめでとう。引き続き、魔法少女たちのサポートを頼む。―理事長より―』


「ふざけんな!」

 彼は大きな声を出し、メモ紙を床に叩きつけていた。


 * * * * *


 お昼休憩。

 茜、麗、希の三人はさっさと弁当を平らげると、部室に集まっていた。

「準備はこんなものでよいかしら?」

 麗は部室の壁を眺めて言った。壁には”退院おめでとう”の飾りつけが施されていた。

「ケーキは何時?」

 茜が聞き、

「たしか17時に出来上がるから、ここに到着は17時半くらいかしら。横田さんに受け取りを頼んであるわ」

 麗が答えた。

「楽しみだなぁ」

「うんうん」

 茜と希はキャッキャッと華やいだ。小橋のお祝いよりもケーキが主役のようだ。

「そういえば」

 茜が首を傾げた。

「最近、マキビシ仮面様みないけど、なんでだろ?」

「あ、それは」

 麗は咄嗟に口実を作った。

「なんか、忍者学校が忙しいらしいって、言ってたわ」

「ふーん。そうなんだ」

 茜は簡単に納得した。

(御しやすい子ね……)

 と麗は思った。


「ぎゃあ」

 男の悲鳴が響いてきた。

 少女たちが外に出ると、用務員の前で異形のモノが唸り声をあげていた。狼を十倍にしたような体躯で、目はぎらつき、口は大きく刺々しい犬歯を見せていた。

「うう」

 用務員は手から血を流していた。

「この人は私たちが救助します」

 どこからか現れた黒服の男が言った。同時に、ウ~と学園内にサイレンが響いた。

「いま、全生徒や教員を避難させています。思う存分戦ってください」

 彼はそう告げ、校舎に入っていった。


「ふぁいやー」

 変身した茜が唱え、無数の炎の矢が巨大狼を貫いた。

「ぐ、ぐう」

 巨大狼は痛々しい唸りをあげて倒れた。黒いモヤが立ち昇ったが、数秒後、なぜか徐々に狼のもとにモヤは戻っていった。貫かれた傷もなくなっている。

「え? どういうこと?」

 茜は困惑した。巨大狼は立ち上がっていた。

「おかしいわ」

 麗も希も戸惑っていた。

 狼は荒々しい雄叫びをあげ、突進してきた。麗と希はかわせたが、一番手間にいた茜は直撃してしまった。

「茜ちゃん!? 大丈夫?」

 希は馬と猿を召喚した。猿が茜を馬の鞍にのせ、すぐさま後方に退避させた。

「呼吸はしている。気は失っているみたいだけど」

 希は拍動を確認した。

「どうしようかしらん」

 麗は氷の壁で巨大狼に牽制を入れつつ、考察していた。

「お困りのようだね」

 男の声がした。彼女が振り返ると、そこにはマキビシ仮面がいた。

「ああ、あなたね。その口ぶりだと、何か策はあるの?」

「任せなさい」

 彼は颯爽と狼の前に行き、何か投げつけた。

 ボワンと音がし、もくもくと白煙が出てきた。――それ以上、何も起きなかった。

「なんだよ。何もならないじゃないか! どこが秘密兵器だよ! 理事長のうそづきぃぃぃ!」

 マキビシ仮面は駄々っ子のように地団駄を踏んだ。

「ぐえ」

 狼の前足に蹴られ、彼は吹っ飛んだ。

「茜ちゃんが気を失っていたから、失望される場面をみられなくてよかったわね」

 麗は虚無の顔で言った。

「え! マキビシ仮面様がいるの?」

 眠り姫が目覚めた。

「あ、久しぶりだー。今までどこ行っていたの?」

 茜はまだ彼が小橋だとは気づいていないようだ。

「色々あってな……」

 マキビシ仮面は言葉を濁した。

「ぐぐぐっぐぐぐ」

 突然、獣が暴れて苦しみ始めた。

「え、なに」

「どうしたのかしら」

「なんだろ」

「今頃さっきの術が聞いたのか!?」

 少女たちも忍者男も事態が呑み込めなかった。


 しばらく眺めていると、巨大狼はパーンと破裂し、黒いモヤが噴出した。

「やれやれ。倒せたな」

 モヤの中、聞き覚えのある少女の声が聞こえた。

「あ、ああ」

 茜が信じられないものを見たという顔をしていた。

 麗も希も激しく動揺していた。

「ふう。本日もお疲れ様、私」

 彼女はコスチュームについた砂埃を払っていた。髪は長く金色、服は白とピンクを基調したものだが、その顔と声は間違いなく日向野明のものだった。

「先輩!」

「明さん!」

 少女たちは一斉に彼女に呼びかけ、近づいた。茜は子供のように号泣し、希はくすんと可愛らしく泣き、麗は大きい目をさらに見開いていた。

 明と思われる人物は、じぃっと三人をためつすがめつし、言った。

「あんたら、誰?」

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