魔法少女の試み
茜、麗、希の三人は理事長に呼び出され、プロジェクトφの施設にいた。
「おじさま、ご用件はなんでしょうか?」
麗の言葉には警戒の響きがあった。
通された部屋は、以前訪れた研究設備や研究員がいる場所ではなく、医務室のようだった。
「ふむ。実はね。日向野さんの一件以来、どうやって学園から遠い距離でも変身できないかと研究していたのだよ」
理事長が神妙な面持ちで言った。日向野明がいなくなって、三週間が経っていた。
「最優先事項として、研究や開発をしていた。研究員は何度もトライ&エラーをし、徹夜も何度もしていたようだよ」
彼は顎髭を擦った。
「つまり、どういうことでしょうか。勿体ぶらずに教えてください」
麗は少し苛立っていた。
茜と希は軽口を言わず、二人のやりとりを黙って聞いていた。
「結論を言うと、離れた場所でも変身や魔法が使えるようなアイテムを作った。あくまで机上の空論で、実際に試してみないとわからないので、君たちはぶっつけ本番になる」
理事長は真剣な眼差しだ。
「そのために、ここへ呼び出したと?」
麗が尋ねると、理事長は頷いた。
「うむ。そのためには、君たちの血液が必要なのだ。それを元に、血清のようなものを作り、さらに加工して、変身と魔法がどこでも使用できるようにする」
理事長が顎で指示すると、白衣をきた医者のような人物が注射器を出した。
「ひゃ、私、注射苦手なんだ」
茜が怯えた。
「私もです……」
希も同様の反応をした。
「人類のためだ。我慢してくれ」
理事長は有無を言わせない態度だ。
(おじさまは、大きなカテゴリの漠然とした理屈を持ち出して、他人を屈服させようとするのは、悪い癖だわ)
と麗は苦々しく思った。
* * * * *
三人が学園に戻ると、午前中の授業は既に終わっていた。理事長の計らいで授業は出席扱いになっているので問題はない。
いつものように中庭でお弁当を広げた時、茜と麗のクラスの委員長が現れた。
「午後の数学の授業、自習になったから」
とだけ言うと、凄い形相のまま去っていった。
「あれ、なんで怒っていたんだろ?」
鈍感な茜でも負の感情は伝わったようだ。
「ああ」
麗は心当たりがあった。
「委員長は、私がおじさまの権力で、授業を自由にサボっていると思っているのだわ」
「ええ、そうなの!?」
茜は心外だとばかりに卵焼きに箸を刺した。
「茜ちゃん、はしたないわ」
と箸使いを注意し、続けて言う。
「委員長は前々から、私が理事長の親戚だということで気に入らなかったみたい。コネ入学とか、コネで成績がいいとか思っているようで……」
麗は首をゆるりと振りながら嘆息した。
「そういえば、なんで、自習なんだろ。小橋先生、なんかあったの?」
茜は希に聞いた。一年の数学を担当しているのは希の担任教師である小橋だ。
「たしか、事故にあって入院したらしくて」
希がいうと、
「え」
麗は驚いて立ち上がった。
「ふーん」
茜は―小橋をマキビシ仮面と知らないので―興味がないようだ。
「ふーんって、茜ちゃん。一応、私たちの部活の顧問だよ」
希は苦笑した。
「だって、先生、全然顔出してくれないもん。入院していても変わらないよ!」
茜は美味しそうに卵焼きを頬張った。
彼女がマキビシ仮面の正体を知ったらさぞかし驚くだろう、と麗は思った。
* * * * *
放課後、グラウンドの隅で、茜と麗は呆然と野球部の練習風景を眺めていた。
「麗ちゃん、部室には今日行かないの?」
茜が聞いた。
「迷っていたわ。茶道部も最近ご無沙汰なので、そちらに行こうかしらん」
麗は魔法研究会と茶道部の掛け持ちをしている。
「茶道のお茶っておいしいの?」
「美味しいかどうかは、茜ちゃんが一度飲んでみて判断してみるのはいかが?」
麗が提案した時、にわかに野球部員が騒がしくなった。
「ひい」
「逃げろ」
口々に叫んでグラウンドを離れていく。
「た、助けて」
一人の野球部員がよたよたと歩いていた。その肩には、スライム状の赤茶色のモンスターが張りついていた。今までにはない人間に憑依するタイプのようだ。
二人はすぐさま変身し、野球部員に近づいた。
「大丈夫、安心して」
茜が落ち着かせようとした。
麗はモンスターを離そうと掴んで引っ張ってみるが、取れそうになかった。
「困りましたわ」
「どうしよう。攻撃すればとれるかな?」
茜が提案すると、
「そんなことをすれば、この男子も負傷する可能性が高いですわ」
麗は却下した。
「た、たしゅけ」
彼はどんどんと体が侵食され、スライムが徐々に大きくなっていた。
「そうだ!」
茜はポケットから何かを取り出した。
「あった、これだ」
それは研究施設から支給された、遠方でも変身できる飲み薬だった。カプセルになっており、胃で吸収されるとすぐに変身できるという説明を受けていた。
「これ飲んで」
茜はカプセルを飲ませようとするが、麗はその腕を握り、
「ちょっと、どうなるかわからない」
と焦った。
「でも、こうなったらどうしようもないから、試すしかない」
茜は強引に麗の手から抜け、カプセルを野球部員に飲ませた。
野球部員は「ぐえ」と絞り出すような声を出し、倒れ、ばたばたと悶絶した。
「茜ちゃん、なんてことを!」
麗はパニックになっていた。茜は唇を噛みしめていた。
彼はピクリとも動かなくなった。
「大丈夫?」
茜は彼の体を揺すると、
「あ、ありがとう」
生気の戻った顔で答えた。彼の肩にいたモンスターは黒い霧となっていた。
「よかった。成功した」
茜はポロポロと涙を流した。
麗は何も言わず、茜を抱きしめた。
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