魔法少女は忍者に惚れる
明がいなくなってから二週間たつが、茜、麗、希の三人はまだ暗鬱たる状態を引きずっていた。
中庭でのお弁当タイムも口数が以前に比べて減った。悲しい気持ちや辛い気持ちもあるが、ツッコミ要員だった明がいなくなって話が途切れるせいもあった。
「今日の麗ちゃんのお弁当は卵焼き多いね」
茜が言った。
「ええ。うっかり、作り過ぎましたわ」
麗がぎこちない微笑を見せた。
「私も、今日は卵焼き多めだった」
茜が空のお弁当箱を見せた。こういう時、明が「中身がもうないから多いかどうかわらないだろ」とツッコミを入れていることだろう。
希はきんぴらごぼうを食べながら、二人の顔色を窺い、
「いい天気だね」
ぽつりと言った。
「そうね」
麗は空を見上げた。
「運動したくなっちゃう」
茜は腿上げをした。
「きゃっ」
突然希が小さな悲鳴をあげた。
「どうしたの?」
茜が見やると、希の顔に蜘蛛がついていた。
「木の上からきたのかしら」
麗は優しく蜘蛛を追い払った。
「そういえば」
茜が話を切り出した。
「昨日、新しい戦士がいたよ」
「え」
と麗は立ち上がったが、茜の
「忍者の恰好をしていて」
という言葉で冷静になって座り直した。
「マキビシ仮面っていうらしい。ニンニンいってた」
「ただの変質者ですわ」
麗の手厳しい言葉。
「でも、かっこよかったし、化け物に背後から襲われそうなときに庇ってくれたよ」
茜は擁護した。
「忍者なら顔が見えていないのでは?」
麗の指摘に、
「雰囲気がかっこよかったんだよぉ」
茜はぷりぷりしていた。
二人の会話を、中庭に面する職員室で、小橋は恥ずかしそうに窓際で聞いていた。
「女子高生の会話を盗み聞きするなんて、あまりいい趣味じゃないですよ」
見かねて、保険医の真鍋が言った。
「あ、違います。俺はたまたま、ここにいただけで。はははは」
彼はそそくさとその場を去ろうとすると、
「先生、よろしければ保健室まできていただきませんか?」
「はい。どんなご用件でしょうか」
小橋は思い当たる節がなかった。もしかして大人な関係を誘われているのかと妄想した。真鍋は艶めかしい三十二歳の独身女性だ。ロングヘアが似合い、肉付きのよい仲間由紀恵といった感じだ。
「来ていただければわかります」
彼の胸は期待に膨らんだ。
保健室にいくと、真鍋の隣には理事長がいた。
(なんだよ。期待して損した)
がっかりとしていると、真鍋はぺたぺたと小橋の体を触り始めた。
(お、なんだ。三人でおっぱじめようってつもりか!?)
一時期、真鍋が理事長の愛人という噂が流れていたのを思い出した。
「異常なさそうです。問題なしです」
真鍋が言った。小橋はわけがわからず、間抜けな顔になっていた。
「ふむ。――小橋くん」
理事長が気難しい表情で発言した。
「はい」
「君は、にんじゃなくて、魔法が使える戦士として変身したみたいだね」
「え、どうして、それを」
小橋は益々混乱した。
「まあ、詳しい話はあとにして、君に頼みがある」
「はい」
「彼女たち、魔法研究部の子たちを助けてあげてくれないか」
* * * * *
放課後、小橋は視聴覚室に呼び出された。
学園で発生した魑魅魍魎や魔法に関するプレゼンテーション資料を見せられ、心構えや対応策の指導を受けた。
(とんでもないことになった)
小橋は驚きの連続だった。これは夢物語か、はたまた異世界に入ってしまったのだろうか、などと考えながら、何度も自分の頬をつねった。
「さて、それでは、早速、小橋君には実践してもらおう」
セミナーが終わりかと思いきや、白衣をきた教授風の男は言った。
黒服の男たちが数名現れ、小橋はがっちりと腕を掴まれた。
「ええっ!?」
彼は素っ頓狂な声をあげた。
「ちょうど、いま、化け物が出たようだ。頑張りたまえ」
教授風の男は笑った。
「いやだー」
小橋は叫んだ。
* * * * *
魔法研究部室で、茜、麗、希の三人は黙々とトランプに興じていた。明がいなくなって以来、部活動らしい活動は全くしていなかった。
「ぎゃおーす」
外から恐竜のような声が聞こえた。
「現れましたね」
「うん」
「そうだね」
三人は、重労働をこなすブラック企業の社員よろしく、部室を出た。
「ぎゃおー」
今回の化け物は、体長三メートルほどの爬虫類のようで、恐竜といっても遜色ない。ただ、恐竜の首の横には、怨霊のような顔が複数張り付いていた。
「ふぁいやー」
変身した茜が首に炎を飛ばすが、あまり効いていないようだ。
続けて、麗が氷の矢を飛ばしたが、こちらも効いていないようだ。
「硬いわ」
「どうしよう」
恐竜が唸り声をあげて少女たちに突撃しようとした時、目の前に何かが撒かれ、
「ぎゃお」
恐竜は痛がって転んだ。
「何が起こったのかしらん」
麗が首を捻った時、
「あっ」
茜が何かを発見した。校舎の物陰から男が現れた。
「大丈夫かい? セニョリータたち」
「マキビシ仮面さま!」
茜は歓喜した。
「忍者ね」
「忍者だ」
麗と希は冷ややかな反応だ。
「奴の口を狙うんだ」
マキビシ仮面が言った。
「変質者に指導されるのは癪に障りますが、やってみますわ」
麗は氷の矢を作り、恐竜の口の中にぶち込んだ。
「ぎゃおー」
長い雄叫びをあげ、恐竜は黒いもやとなって消えた。
「流石! マキビシ仮面さまだ!」
茜が黄色い声を出した。
「倒したのは、私ですわ」
麗はクールビューティな苦笑をしていた。
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