第四章

魔法少女とヒロアキ

 魔法研究部の顧問・小橋浩章こはしひろあきは困っていた。

 最初は胡散臭いクラブ活動の一種だと思っていたが、どうやら国が関わっている危険な類のものだとわかり、顧問を降りたかった。

 安請け合いしなければよかった。二十八年も生きているのに、何故、察知能力がない。だから童貞なのだと自分を責めた。

 ある日、部員の一人・日向野明がいなくなったらしいという話を聞き、

(これで、部はなくなり、顧問をしなくていい)

 小橋は内心ガッツポーズをした。

 だが、事はそう上手くいかなかった。

「部としては存続させる。顧問は引き続き、小橋くん、よろしく頼む」

 という理事長の鶴の一声によって、顧問は継続する運びになった。


 * * * * *


 放課後になった。

 小橋は魔法研究部の部室を訪れ、中に部員がいないことを確認し、外からドアを施錠した。

「ぎぎぎっぎぎぎ」

 聞きなれない歯ぎしりのような音が彼の耳に入った。

「ん、なんだ?」

 振り返ると、裏門付近に影が見えたので、

「おい、まだ帰ってないのか」

 と近づいた。

 影は人ではなかった。顔がぱっくりと柘榴のように割れた異形のものだった。

「ぎゃあ」

 小橋は情けない声をあげて卒倒した。


『ヒロアキ、ひろあきや』

 謎の声が聞こえた。

(だ、誰だぁ?)

『魔法戦士になるのです』

(魔法戦士に……なるのですか?)

 小橋は理解ができなかった。

『いますぐ、魔法戦士になりなさい』

 謎の声によって、小橋の体は叩き起こされた。


 小橋の体は黄金の光に包まれていた。

「あ、あっ、ああ」

 小橋は気色悪い喘ぎ声を出す。

 数秒、目を瞑って、開けると、自分に変化があったことがわかった。

「こ、これは」

 小橋は驚愕した。変身していたからだ。

「忍者じゃねぇか!」

 小橋は茶色の甚平を着ており、顔は目以外の箇所は布で覆われていた。右手には手裏剣、腰には忍者刀がある。

「魔法じゃねーのかよ!」

 小橋が愚痴ると、

『忍術も魔法です』

 謎の声からのメッセージ。

「ぎっぎぎぎ」

 化け物は小橋を食いちぎろうとした。

「なんだよこれ。どうすればいいんだよ」

 咄嗟に除け、手裏剣を投げたが、明後日の方向に飛んでいった。

「ほ、他に何か」

 甚平の内側にポケットがあり、何か感触があった。

「これでも食らえ」

 ばらばらと金平糖のようなものが地面に落ちた。まきびしだ。

「ぎっ」

 少しの間の足止め効果はあったようだ。距離をとれた。


「おい。謎の声! 謎の声!」

 小橋は天に向かって叫んだ。

「おーい」

 何度か呼びかけると、

『――なんですね。うるさいですよ』

 と返答があった。

「何か必殺技みたいなものないのかよ」

『忍者なのですから、忍術があるでしょう』

 淡泊な調子で謎の声は言った。

「あ、おま、今、忍術っていったな。魔法じゃないじゃないか」

『じゃないじゃない』

「早く教えろよ」

 彼は懇願した。

『あなたの思い浮かべる忍術をやってみなさい。敵は目の前に近づいていますよ』

 謎の声のアバウトなアドバイスだった。


「逃げたいので、水遁の術!」

 小橋は叫んだ。近くの井戸から水が溢れてきた。

「そういうのじゃねぇ! 井戸に潜れってか!? ――ええい、次は火遁の術!」

 数本のライターが降ってきて、化け物の頭にコンコンと当たった。

「ふざけんなぁぁぁ!」

 彼は校舎の中に逃げ込んだ。


 * * * * *


 小橋は二年B組の教卓の下に隠れていた。

「いなくなったか?」

 さきほどまで校舎内を化け物が索敵しており、息を殺していた。

 窓ガラスから一階の昇降口を確認すると、まだ化け物はふらふらと蠢いていた。隣が教員玄関なので、どちらにしろ、鉢合うことになりそうだ。

「しかたがない。どこかの窓から出るか」

 体育館が見える二階窓から出ることにした。下は体育館に繋がる通路の天井があり、二階から負傷せずに降りられそうだ。

「よし」

 窓を開け、片足をかけた時だった。

「何をしている」

 用務員が立っていた。恰好といい、時間帯といい、明らかに勘違いされる。

「ち、違う。俺は泥棒じゃない」

 彼が言い終わる刹那、用務員に腕を捕まりそうになった。

 するりと手から抜けて走ると、

「待て! 不審者」

 と迫ってきた。

(どうして俺がこんな目に。今年一番の最悪の日だ)

 小橋はうんざりした。


「撒いたか?」

 後方を確認しながら歩いていると、校舎の陰から誰かとぶつかった。

「いててて」

「あ、ごめん」

 謝った途端、小橋の顔は引きつった。相手は魔法研究部員である茜だった。

「あれ、あなたは……だれ? 生徒?」

「あ、えっと」

 茜に聞かれ、小橋は言葉が詰まった。

「変態さん?」

 茜は警戒した眼差しだ。

(正体がバレるのはマズイ)

 小橋は狼狽し、思わず甚平の中を探った。あるものが手に触れた。

「お、俺は、マキビシ仮面だ!」

 右手にまきびしを持ち、某戦隊ヒーローのようなポーズを決めた。

「え? マキビシ仮面?」

 茜はじっと彼を見つめた。

 数秒間の沈黙があり、

「かっこいい!」

 と意外な発言をした。小橋は戸惑った。

「俺は、悪者をやっつけるべく、活動している」

 ヒーローポーズをとり、それっぽい台詞を言った。このキャラクターを続けるしかない。


「ぎっぎぎぎ」

 茜の後ろに化け物が迫っていた。

「危ない」

 小橋は茜の手を引っ張り、化け物にタックルをした。

「逃げろ」

 と言った時、小橋は信じられないものを見た。茜が魔法少女に変身していたからだ。

「大丈夫。やっつけちゃうから」

 そう言うと、彼女は手から炎の矢のようなものを無数に出し、化け物に突き刺した。

 化け物は黒いもやとなり、消えていった。

「やった」

 ぴょんぴょんと勝利の舞を踊る茜を、小橋は口をあんぐりと開けてみていた。

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