魔法少女の耳(後編)
「かわいい。あれ、ポニーテールはなくなっているんだね」
ぴょんぴょん跳ねながら茜が近づいてきた。さきほど致命傷を受けて倒れていたようには見えない。
「茜ちゃん。体は大丈夫?」
「なんとか」
「このコスチューム、デザインが可愛いわね」
麗がいつの間にか希の隣にいて、スカートの生地を触っていた。
「それよりも、耳だよ! ケモノ耳! かわいい!」
茜は希の耳をちょんちょんと触っていた。
「動かせるの? あ、動いたー! 凄い!」
希はぴくぴくと耳を動かして、茜はそれを見て喜んだ。
「お前ら、いい加減にしろ!」
カラス男が叫んだ。ビリビリと空気が震えた。
「あら。あなた、まだいたの」
麗はすっかり男の存在を忘れていたようだ。
「ふざけるな」
男は、またしても、つむじ風で攻撃した。茜と麗は飛ばされた。
「あれ、希ちゃんは?」
起き上がりながら、茜が希を探した。
「私なら、大丈夫」
空中から声が聞こえた。
希は無数の鳥に乗って浮かんでいた。大群の鳥はさながら竜のような形を作っていた。
「なるほど。動物を操る魔法少女なのね」
「そうみたい。といっても、この子たちは無自覚に動いてくれた」
希は空中から答えた。
「ふん」
カラス男は風の力で校庭にあった岩や石を飛ばしてきた。希と鳥たちは華麗に避けた。
二人が交戦している中、茜は忍び足でこっそりとカラス男の背後にいた。
「このっ」
「ふん」
茜は肉弾戦を挑むが、カラス男はボクサーさながらにパンチを避ける。
麗は氷の壁を作り、茜とカラス男の四方を囲っていた。
「なんだ? 無謀な特設リングでも作ったつもりか?」
彼が嘲ると、麗はウフフと笑った。
「なにを笑って」
さらに侮蔑しようとした時、地面の土に小さな穴が開いた。気づいた刹那、プシューと粉が地面から吹き上がった。
「なんだ、こんな目くらまし」
カラス男が風で飛ばそうと思ったが、
「ファイヤー」
と一歩早く茜の声が響いた。
ゴオという凄まじい炎がカラス男にまとわりついた。
「ぐはああ」
彼は風と共に消えていった。
* * * * *
「粉塵爆発かぁ」
翌日の夜、ポテトチップスをつまみながら、明が言った。
茜、麗、希の三人は、明の自宅にお邪魔していた。パジャマパーティだ。当初、希は参加予定ではなかったが、新しい魔法少女仲間として迎えた。
「そんな状況でよくできたわね」
パリポリと明はチップスを咀嚼した。
「ええ。茜ちゃんが希ちゃんと戯れながら、メモを書いて渡してきたのです」
希がうんうんと頷いた。
「私はその指示通りにカラス男をひきつけつつ、動物たちに小麦粉を調達するように指示したの。もぐらくんには所定の位置に穴を掘ってもらった」
「ほんとに思いついたのは茜なの?」
明は小馬鹿にした態度で言った。
「失礼な! 理数系得意だって言ったじゃん!」
茜はプクッと頬を膨らませた。そこに麗がスティック状のスナック菓子を詰め込んだ。
「もぐもぐ、わしゃしらってやひゅときは」
「え、なんだって?」
明は苦笑した。
「上手くいってよかった」
希が微笑んだ。丸顔の笑顔が素敵だ。
「初めての変身で、すごいと思うよ。動物とはどうやって意思疎通しているの?」
明が聞くと、希はうーんと唸った。
「なんていうか、伝えにくいんだけど、ピピッときて、ササッと返すような感じ……」
「自身がWifiになった感じかしら?」
「うん。そんな感じ」
希と麗の会話に、
「感覚的すぎて、全然わからないのだが」
明は呆れた。
「あ、これ、貰っていい?」
茜が明の手元にあるわさび味のスナックを指差した。
「どうぞ」
渡すと、茜は「やった」と喜び、鼻歌を歌いながら開封した。
「ところで、今回の希さんの変身でわからなくなったわ」
麗が深刻な顔をして言った。
「ん、なにが?」
「魔法少女の条件」
「ああ……」
「最初は年齢だと思ったの。でも、明さんが変身したのでそれは否定された。私たちは性格も住む場所もバラバラじゃない?」
「うん」
「だから、次に、不純異性交遊をしていない少女が条件だと思ったの」
明は希の顔を見た。
「私は、元カレがいたから……」
希がはにかむ。
「念のため、確認なのですけど、希ちゃんは”男性経験”はあって?」
「はい」
恥ずかしそうに耳まで真っ赤になっていた。
(こんな純情そうな女の子でも、やることやっているんだな)
明は思った。私なんて一度も男性と付き合ったことがないのに。
「元彼とは中二の時に付き合って、中三の時に……」
「はやっ」
明が言うと、麗が睨みつけてきた。
「別に珍しくありませんわ。付き合っているのであれば、そういうこともあるでしょ」
「そういう麗も経験済み?」
「さっき私が言ったことをお忘れですか。私は”不純異性交遊をしていない少女が条件だと思った”と。つまり、私自身も含めています」
「ああ、そうだった」
「フュージョン!」
茜が両手の人差し指を突き出して横に腰を曲げた。
「いや、あながち間違っていないけど」
明がツッコミを入れた。
「今は変身できますか?」
麗が希に聞いた。
「ううん。できない」
希は首を振った。
「距離は私と茜ちゃんと一緒で、学園からの距離が定められているのね。一方、明さんは距離が遠くても変身できる。もう、わけがわからない」
麗は物憂げにぼやいた。
「まーまー、気を取り直して食べようよ。わさび」
茜はさっきのお返しとばかりに、わさび味のスナックを麗の口に突っ込んだ。
「あら、意外と美味しいわ。これ」
麗はパリポリと食べながら言った。
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