第三章

魔法少女の耳(前編)

 宇佐美希うさみのぞみは憂鬱だった。

 大学生の彼氏は束縛が酷かったが、その反面、本人は遊び歩いていたことがわかった。

 先日、K市の街を歩いていると、たまたま女性と歩いているのを発見し、声をかけた。おろおろと挙動不審になって、浮気を認めた。

「なんで、こんなひどいことするの」

 と責めると、

「お前なんて、ウサギとよろしくやってろ」

 という捨て台詞を吐き、逆ギレして去っていった。もちろん、LINEなどの連絡手段はこちらから先にブロックした。


 そのような経緯で、希はいきもの係を再開することになった。他にやりたがる生徒もいなかったので、「もう一度やります」というと教師は喜んでくれた。

「あれ、宇佐美さん」

 ウサギの世話をしていると、茜が話かけてきた。

「いきもの係、まだやっていたんだ」

「うん。色々あって、彼氏と別れて、いきもの係を選んだの」

 浮気が原因で別れたとはいえず、誤魔化した。

「へえー。じゃあ、この子たちもうれしいね」

 茜は二羽のウサギを目で愛でながら言った。いきなり触ったりしない配慮はあるようだ。

「この前は、色々ありがとう」

 改めてお礼の言葉を口にした。

「いいよ。また困ったことがあったら、教えてね。――ところで、希ちゃんって呼んでいい?」

「あ、もちろん」

「じゃあ、LINE交換もしようよ」

(行動力のある女の子だな)

 と希は思った。


 * * * * *


「おかしいわ」

 昼休み。いつものように中庭のベンチで弁当を食べていると、麗が言った。

「ん? なにが?」

 茜は唐揚げを口に入れた。

「兎小屋に現れた化け物、熊のようなタイプで、毛はもじゃもじゃしていたわよね」

「うん」

 茜が相槌を打った。

「でも、兎小屋に落ちていたのは、黒い羽……」

「たしかに妙だね」

 明が肯定した。

「事件解決した後も、違和感はあったけど、たまたまかなと解釈していたわ。でも、荒らされた小屋の中に黒い羽が一枚って、やはり納得できなくて」

「うーん。ということは、黒幕がいるってこと?」

 明は首を捻った。

「フハハハハハ。我こそが黒幕ぞ」

 茜が立ち上がり、おどけた。

「はいはい」

「我はブラックカーテンなり!」

「いや、英語にしただけじゃん」

 二人のやりとりを尻目に、麗はぶつぶつと考え込んでいた。

「そういえばさ」

 明が茜に言った。

「納得できないといえば、茜はよくこの学校に入れたね。偏差値もそれなりあるのに」

「むー。馬鹿にしないでよ」

 茜はむくれた。

「私、国語や英語は苦手だけど、理数系は得意なんだから! 昔、そろばん習っていたし!」


 * * * * *


 放課後、茜と麗は兎小屋を訪れていた。

 明は「新刊で読みたい漫画がある」と言って帰っていった。

「こんにちは」

 麗は小屋を清掃していた希に声をかけた。

「こんにちは」

「ちょっといいかしら。見ていても」

「どうぞ」

「では、お言葉に甘えて」

 麗は小屋の周辺を観察した。希がこまめに管理しているからか、綺麗だ。雑草などは中庭のほうが多いように思える。中も整理されていて、特に変わった点はないようだ。先日荒らされた現場とは思えない。

「ねえ、ねえ。LINE見てくれた?」

 茜が言った。希は微笑した。

「あのウサギのスタンプ、可愛いね。なにかのアニメのキャラ?」

「うん! そうだよ! ”おじゃる魔女ドレイ”って作品のキャラなの」

「あら、茜ちゃん。私はそんなスタンプは貰っていないわ」

 麗が口ばしを入れた。

「麗ちゃん、いつも既読無視ばっかりだから、無意味なスタンプは送らないよ!」

「無意味の自覚はあったのね……」

 その時だった。

「なんだ、お邪魔虫がいるな」

 男の低音ボイスが聞こえてきた。

 振り返ると、身長175cmほどの男が立っていた。すぐに怪異の類のものだとわかった。男は額に20cmほどの角があり、腕と肩には黒い羽が生えていた。

「お前たち邪魔だ、どけ」

 茜と麗は戸惑った。明確に人間のように喋るタイプは初めてだからだ。

 男は希を睨みつけていた。希はウサギを守るような体勢で震えていた。

「どかない」

 茜と麗は変身し、男の前に立ちふさがった。

「どけ」

 男が手を振り払うと、強烈なつむじ風が発生し、二人はそれぞれ吹き飛ばされた。

「今度こそは、本物だろうなぁ」

 男はわけのわからない事を言いながら、兎小屋に近づいていく。

「させない」

「させませんわ」

 茜は炎のボールを、麗は氷柱を飛ばした。

「ふん」

 男は手のひらから風を作り出し、氷柱を茜に、炎球を麗に進行方向を変えてしまった。

「ひゃあ」

「きゃあ」

 二人は致命的な傷を負い、その場で崩れ落ちた。

「希ちゃん、逃げて」

 希は両手を出し大の字のポーズになり、

「ウサギたちには手を出さないで」

 と果敢に挑んだ。

 男は無言で、希の頭を掴み、アイアンクローの状態で持ち上げた。

 ギリギリと嫌な音が響き、希は気を失った。


『その男は危険です』

 謎の声が脳内に響いた。

『すぐ逃げなさい』

(でも、ウサギが……)

『あなたは自分の命より、小さな命を優先するのですか?』

(この子たちを守りたい)

『しょうがないですね。それでは、いますぐ魔法戦士に変身しなさい。なんとかなるかもしれません』


 鮮やかな黄色の光が希を包み込んだ。カラス男は驚き、手を離した。

「あれ、希ちゃんも変身しちゃうの?」

「そうみたいね」

 四人目ということもあり、茜と麗はさほど驚かなくなっていた。

 希は髪も服も黄色のコスチュームになり、全体的に愛らしい印象の変身を遂げた。特筆すべき点は、他の三人と異なり、頭の上に動物のような耳がぴょこんとついていることだ。

「か、かわいい~」

 茜が感嘆した。

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